母の部屋のタンスを開けるたびに、ため息が出る。
引き出しからは服があふれ、床には脱ぎ捨てたままのセーターが山積み。整理したはずの棚は、気づけばぐちゃぐちゃに戻っている。母が認知症になってから、「洋服問題」は地味だけれど、ずっと頭を悩ませてきた問題のひとつだ。
服を減らせればいいのは、わかっている。でも、母は捨てられない。この記事では、うちが「減らす」かわりに「見えなくする」でしのいでいるやり方を書く。
うちの状況——一部屋まるごと衣装部屋、タンスは開けたら最後
母の家には、一部屋まるごと衣装部屋になっている部屋がある。もともとおしゃれが好きだった母が、長年かけて集めた洋服たちだ。コートだけで何着あるかわからない。冬物・夏物が混在し、タンスは5段引き出しが2本。クローゼットもある。
認知症が進んでからというもの、母はタンスの引き出しを次々に開けては、中身を全部出してしまう。「着替えようとして、どれを着ればいいかわからなくなる」らしい。全部出して、床に広げて、それでも決められなくて、そのまま放置——というパターンが繰り返されている。
気づいたときには、カシミヤが全部だめになっていた
母がこうなってから、はじめのころは、服のことはそのままにしていた。
気づいたのは、去年あたりだ。母の服のコーナーが、すごいことになっていた。ほこりがひどく、洗っていないような冬のセーターが、ぐちゃぐちゃに詰めこまれていた。
休みの日に、全部ひっくり返してみた。虫がわいていた。私がプレゼントした、高かったカシミヤのセーターは、全部だめになっていた。
カシミヤは虫が好む天然素材の代表格だ。管理ができていなければ、あっという間にやられてしまう。大切にしていた服が無残な姿になっていて、悲しいというより呆然とした。
服が散乱した状態では防虫剤が正しく置けない。引き出しの中に入れていたはずの防虫剤が、いつの間にか床に落ちていたり、服の下に埋もれていたりする。母が「変なもの」と思って取り出してしまうこともある。
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冬物は、袋に詰めて持ち帰った
「私がやるからいい」
私が家で洗おうとすると、母は「私がやるからいい」と言って、いい顔をしない。でも、母は絶対にやらない。
父は、母がこうなるまで家事をしてこなかった人だ。セーターを分けて洗う、という考えは、たぶんない。今の父に、あれこれ注文をつけるのは難しいと思った。
だから、家から大きな袋を持っていった。冬物を全部、袋に詰めた。父には「家で洗ってくるね」とだけ言って、持ち帰った。
母がデイサービスに行っている日に、ひっくり返して、全部片付けた。半日以上かかった。ほこりも虫もひどかったので、これは間をあけずに整理しないといけない、と思った。
片付けても、すぐにカオスに戻る——その繰り返し
今は、こまめに母の部屋を整理しに行く。タンスをきちんと閉めて、服を季節ごとに分けて、防虫剤を正しい位置に置いて、整える。こまめに行くから、一回は短い時間で済む。
でも次に行くと、またカオスに戻っている。引き出しは開いたまま、服は床に散乱、防虫剤はどこかへ消えている。
最初のうちは「また…」と途方に暮れていた。でも今はわかる。母が「わざと」やっているわけではない。そもそも「片付いた状態」を維持することが、認知症の母にはできないのだ。
着ては脱いで、を繰り返している
母は、服を着ては脱いで、着ては脱いで、を繰り返しているのだと思う。
弟から聞いた話がある。朝、実家に行ったら、母がすごくちぐはぐな格好で2階から降りてきたので、指摘したそうだ。着てはみたものの、自分でも変だと思って脱ぐ。それを繰り返しているのかもしれない。
洗ってしまったはずのセーターも、また引き出しから出して着てしまう。だから、衣替えがなかなか進まない。
なぜ、片付いた状態が続かないのか
健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団)には、認知症の中核症状として、こう書かれていた。
- 記憶障害:「新しいことを覚えられなくなり、さっき聞いたこと、したことを記憶することが難しくなります」
- 実行機能障害:「物事を行う時に計画を立て、順序立てて効率良く行うことが難しくなります」
さっき片付けたことは、母の中に残らない。服を選んで、出して、着て、しまう。その順番をつなげることも、母には難しい。だから、片付けても戻る。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
ぐちゃぐちゃになる前提で、しまう
引き出しにしまっても、母は中のものを出してしまう。そして、どこにしまえばいいかわからなくなる。そうして、天地がひっくり返る。
だから今は、「見えるところは、母がぐちゃぐちゃにするだろう」と考えて、しまい方を決めている。分け方は、ひとつだけ。触ってほしくないものは隠す。触っていいものは、目につくところに置く。
触ってほしくないものは、隠す
- 冬物は、母が開けない引き出しに、びっちり詰める。大きなタンスの中でも、母が開けづらくて、開けようとしない引き出しを選んだ。そこにセーターなどの冬物を、本当に開けづらいくらいびっちり詰めて、防虫剤を入れて閉めておく。大量にあるヒートテックの長袖も、捨てるわけにはいかないので、小さくたたんで、きっちり詰めこんだ
- 季節外の服は、ハンガーラックにかけて布でくるむ。クローゼットに入れても、どうせ開けて出してしまう。だから、ハンガーラックにまとめてかけて、ラックごと大きな布でくるんだ。部屋の風景の一部のようにした
- 母がよく開ける引き出しは、あえて空にする。空にしておくと、母はそこに何かを入れようとする。でも整理は長く続かないので、何個か入れたところでやめてしまう。そのほうが、実害が少ない
布でくるんだラックも、はじめのうちは、母が布をはがして服を出していた。そのたびに片付けて、また布で隠す。それを繰り返して、半年以上。今では、布をかけたラックは、部屋の風景の一部になりつつある。ときどき、母が布を開けていることはあるけれど。
母のタンスのコートかけにかけておくと、母は出してきてしまう。だから、季節外の服はラックと布。私は、このやり方がいいと思っている。
寒くなったら、そのびっちり引き出しから冬物を出して、かわりに夏物を詰める。母に触られない場所で、衣替えをする。そういう仕組みだ。
ただ、衣替えは一気にはやらない。
秋や春のように、季節には中途半端な時期がある。明日から冬だから、明日からセーター、とはならない。だから、あまり間をあけずに母と一緒に服の部屋に行って、その時期に着やすいものを、母が手に取りやすいところにかけておく。
10月は、まだセーターを着るほどではない。本当は休みの日に一気にやってしまいたい。それでも、10月にセーターを出すのは得策じゃない。だから、少しずつ長袖の分量を増やしている。
触っていいものは、目につくところに
- よく着る服は、全部ハンガーにかける。母の目につきやすい場所に、ずらっとかけておく
- 上下の組み合わせは、セットにして近くに置く。組み合わせを考えるのが難しいのかな、と思ったので、チュニックと、その下に合わせるものなどは、なるべく上下セットで並べておく
- Tシャツ、パンツなどは、種類ごとに分けて棚に重ねる。よく着るものを上にしておく。ぐちゃぐちゃになっても上のほうだけで済むし、もともと分けてあるので片付けも楽。忙しいときは、そのままにしておいても害がない
- カーディガンやパーカー、レインコートは、まとめて取りやすい場所に。体温調節に使うものや、犬の散歩に行くときに使うものは、パッと取れるように、わかりやすく固めておく
- パジャマも、わかりやすい場所に。ただ、どれがパジャマなのか、だんだんわからなくなってきている時もある。ここは、まだ難しい
お風呂のあとにパジャマを手渡していることは、認知症の母が、お風呂に何度も入る——「さっき入ったよ」は言わずに、パジャマを手渡すに書いた。
ハンガーにかけるようにしてから、母はそっちの服を着るようになった。今は、ワンピース中心の生活になっている。
急に寒くなった日に、入れ替えをした
10月の終わり、急に寒くなった日のことだ。
その日の母は、ジャンパースカートの背中のファスナーが途中までしか上がっていなかった。下に着ていたのは五分袖のTシャツで、寒かったのだと思う。片方の腕にだけ、アームカバーをしていた。もう片方は、「見つからない」と言う。その上に、外で着るジャンパーを着ていた。
寒い、ということは、母にもちゃんとわかっている。自分なりに、なんとかしようとしている。でも、組み合わせがちぐはぐになってしまう。
急に寒くなって、着るものが見つからなかったのだろう。私は「着るものなかったよね〜」と言いながら、代わりの服をさらっと持ってきて、母に渡した。家の中でジャンパーを着ている理由が、母にも私にもわかっていたから、否定にならずに済んだのだと思う。
その日、洋服部屋の入れ替えをした。服を全部出しての入れ替えだから、ほこりが立つのは当たり前だ。アレルギー性鼻炎持ちの私は、その日一日、くしゃみと鼻水が止まらなかった。
入れ替えたのは、こんなふうだ。
- 布をかけたハンガーラックから、冬物のワンピースとコートを出して、かわりに夏物のワンピースをかけた
- もう着ない半袖のTシャツは、タンスの引き出しにしまった
- カーディガンや防寒具、コートなど、ニット以外のものを手前に出して、ハンガーにかけた
ニットは、まだ出していない。まだ、それほど寒くないからだ。
季節とちぐはぐな服を着ている母を見ると、私は悲しくなる。最近、外にいる母を見て、ほかの人は「ちょっと変だな」と思うだろうな、と思うことがある。だから、今の季節に着るものを、先に母の手の届くところへ出しておく。
ハンガーにかけるのには、もうひとつ理由がある。ハンガーにかけておくと、母は脱いだ服を、そこにかけようとしてくれる。かけ方はちがうけれど、下着を分けているカゴの上に、脱いだ服をぽんぽん置かれるよりはいい。カゴの上に置かれると、下着が見えなくなってしまうからだ。ハンガーなら見渡せて、母も見やすい。
見えなくする工夫のことは、認知症の母が、スマホを使えなくなるまで——昔のLINEに返信した夏と、取り上げなかったスマホのことにも書いている。
洋服部屋の家具の下からは、通帳が出てきたこともある(→認知症の親がお金を隠す——通帳・財布のよくある隠し場所と、見つからないときの探し方)。
私が試した対策と工夫
完璧な解決策はないが、少しでもマシになるよう試してきたことをまとめる。
①服を減らす(でも、大胆にはできていない)
服の量が多いほど、選ぶのも、片付けるのも難しくなる。だから、母がデイサービスに行っている間に、少しは処分した。
でも、大胆にはできていない。母は、着られない服でも捨てられないからだ。そのことは、あとの「答え合わせ」に書いた。
②よく紹介される方法でも、うちでは合わなかったもの
引き出しにラベルを貼る(「トップス」「ズボン」「下着」など)。よく紹介されている方法で、私も考えた。でも、うちではやっていない。似たようなことを冷凍庫で試したことがあるのだけれど、母は決まった場所に物を戻す、ということをしない。だから、貼っても書いても、そのとおりには動かなかった。
当日着る服だけをセットして出しておく。これも考えた。でも、うちではできなかった。用意しておいても、母はほかのものに目を向けて、いろいろ出して、着ては脱ぐを繰り返すからだ。
③防虫剤は取り出しにくい場所に固定する
吊り下げタイプの防虫剤をハンガーに固定したり、クローゼットの高い位置にかけたりして、母が簡単に取り出せないようにした。引き出し用はネットに入れてタンスの裏に貼り付けるなどの工夫も。完璧ではないが、なくなる頻度は減った。
④「管理できる量」に絞った収納グッズを使う
仕切りが多すぎる収納グッズはかえって混乱を招く。シンプルな仕切りで「ここに入るだけ」という量に制限できる収納にした。服をたたんで立てて収納するタイプは認知症の方には難しいので、置くだけ・かけるだけのシンプルな方法が向いていると感じた。
服の着方がわからなくなって、上着もズボンも後ろ前に着てしまうことは、認知症の母が、服を後ろ前に着る——服の着方がわからないとき、「ひと声」で着られたに書いた。
調べてわかったこと——答え合わせ
季節に合わない服を着てしまう
洗ってしまったはずの冬のセーターを、また着てしまう。これも、認知症の中核症状のひとつ「見当識障害」と関係がありそうだ。
健康長寿ネットには、今が何月何日なのかがわからなくなり、「季節感も薄れて、『季節に合わない服装をする』」ことがある、と書かれていた。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
プロがすすめる服の工夫と、うちのやり方
アメリカのアルツハイマー病協会(Alzheimer’s Association)の家族向け資料「着衣」には、服の選び方や置き方のことが書かれている。うちでやってきたことと、並べてみる。
- 「クローゼットには余分な衣類を収納しないようにしましょう」。衣服の選択肢が多すぎると、パニックを起こすことがある、とも書かれていた。→うちでは、季節外の服をラックごと布で隠している
- 「暖かい天候、寒い天候に適した選択も含め、適切な衣服を並べます」→季節の入れ替えで、今の季節の服をハンガーに出しておく
- 「ボタンが正面にあるカーディガン、シャツ、ブラウスは、プルオーバーよりも着衣が簡単な場合があります」→カーディガンは、手前のハンガーに
服を減らせば、たぶん解決する。それは、私もわかっている。
でも、母は捨てられない。黄ばんで着られないようなTシャツを「捨てていい?」と聞きかけたら、すかさず「しまっといて!」と言われた。
昔の母は、捨てる人だった。母が片付けをしていると、父が「整理と捨てるのは違うよ?お母さんは捨てるのが得意だから」と嫌味を言うくらいだった。それが今は、着られない服がたくさんある。デニムは、たぶん20本以上ある。
だから、うちは「減らす」かわりに「見えなくする」。捨てられなくても、母の目に入る服を少なくすることはできる。
資料には、もうひとつ、こう書かれていた。
服装のバランスが合っていなくても、批判するのではなく、褒めるようにしましょう。
母の服がちぐはぐなとき、うちでは、やさしく「それは合わないかもね〜」とか、「寒いでしょ」「暑いでしょ」と声をかけて、解決させている。
チュニックの下に何もはいていないときは、「セクシーすぎるでしょ」。チュニックとワンピースの違いがわからなくなるのは、あるあるなんじゃないかな、と私は思っている。
(出典:Alzheimer’s Association「着衣」日本語版)
まとめ——減らせなくても、見えなくすることはできる
母の服は、片付けても、すぐにぐちゃぐちゃに戻る。それは母のせいではなく、症状だ。
服を減らせば楽になるのは、わかっている。でも、母は捨てられない。だから、うちは「減らす」かわりに「見えなくする」。季節外の服は布で隠して、今の季節の服だけを、母の手の届くところに出しておく。
ちぐはぐな服の母を見ると、悲しくなるのは私だ。それでも、母には「それは合わないかもね〜」と、やさしく言う。否定はしない。そのかわり、次は迷わないように、先回りして服を出しておく。
完璧な片付けはできない。それでも、今できることを、少しずつ変えていけばいいのだと思う。
📋 介護の負担を一人で背負わないために
洋服の整理のような日常的なことだけでなく、通院の付き添いや定期的な見守りなど、家族だけでは対応しきれない場面も増えてくる。介護保険外のサービスを早めに知っておくことが、長く介護を続けるための備えになる。
📖 母の介護シリーズ——認知症と向き合う日々
▶ 認知症の母が、お風呂で「できない」と呼ぶようになった——入るか入らないか、だけではなかった
散らかるものを片付け続けるより、片付けなくていい仕組みに変えたほうが楽なこともある。掃除については、うちはそう割り切った(→「掃除をしなくていい」という選択——ルンバi3を使って変わった、介護しながらの日常)。
※この記事は個人の体験をもとに書いています。介護の方針については、担当のケアマネージャーや専門家にご相談ください。
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