
朝のひと時。娘が「ママ、ご飯が入り切らない。どうしたら良い?」
温めた冷凍ご飯を食べようと、茶碗に入れている時、娘の手が止まった。
冷凍ご飯がお茶碗に入り切らなくて困っている。
私 「無理して全部食べなくて良いよ。そのまま残しておいて。」
「おかわりにしても良いんじゃない?」
娘「そっか。わかったー」
他愛もないやりとりだ。でも、冷凍ご飯が入ったタッパーの中身全部をどうして入れなくてはならないと、娘は思ったんだろうか。普通に食べる分だけ入れれば良いのに⋯。
☆ここには、正解探しの思考(ASD)が出ている。
正しくやりたい。「こうするべきだったのに、ズレた」と言う気持ちが強いため、 自分で判断して間違えたくない→ママに聞く
☆自分の身体感覚との「身体感覚とのつながりが弱い」(ADHD )
「どのくらい食べられろうか」「どのくらいの量が丁度いいのか」を瞬時に判断しにくい。
だから、入りきらない=どうすればいい?? と外部の判断を求めてしまう。
私にゆとりがあれば、娘が行動しやすいように、言葉をかけることが出来るが、いつもそうとは限らない。自分で考えて、行動することは出来ないのか???と思ってしまうこともある。
それでも、娘が生きやすくいられるように、声をかけ続けれいる。それは、高校生になった今でも同じことだ。
幼稚園に通っていた頃、担任の先生が言っていたことがある。
普通級は難しいと言っていた先生だ。
先生「一緒にすれば出来る。だから、いつも一緒にやってみて下さい」
私「それは、いつまでですか?」
先生「本人が嫌というまでです」
この件に関しては、本当に先生の言う通りだった。
娘とは、宿題も身支度もなんでも一緒にやってきた。でも、毎日毎日のことなので、習慣化すると強い!身の回りの事はルーティン化して、1人で出来るようになった。
17歳の今は、もうなんでも一緒は無理だ。失敗をして、気付き一緒にやる。この繰り返し。
そして困った事は、どうしよう⋯と思った時に勝手な先読みをして思い込んでしまい、
”嘘”をつくようになったこと。
それは、簡単にわかる嘘で、呆れてしまうのだが、ウソはウソ!
その都度伝えるしかないのだが、”嘘”という形ではなく、自分の素直な気持ちを表現できたら良いなと思っている。
娘の取説の更新はまだまだ必要な様だ。



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