
今日は、実家に寄らなかった
仕事帰りに実家に寄ることは、私が母と喋りたいと思うのと、実家の様子を知りたいのと、心配だから気になって家に向かっている。
今日は、なんとなく…、娘の習い事の送迎や夕飯の事、が気になって実家には寄らなかった。
母は、夕方は特に機嫌が悪かったりもする。
理由は様々、理由などない時もあるし、配食の無い日は夕飯の準備の大変さ、風呂に入る億劫さ、一日の疲れでイライラしてくる。
そんな時、私が行くことで少し空気が変わったりもするので、行かなかった事に少しの罪悪感を感じて落ち込んでしまう。
電話の向こうの、元気そうな声
自宅で家事をこなし、やはり心配になってしまう。電話してもし機嫌が悪かったら、作ったおかずを持って顔を出そうかなと思い、母に電話した。
元気そうな声で安心する。
「ご飯食べたの?」と私。「まだ」と答える母。でも、「ニラ饅頭を食べるの」と言って、父の事を呼んだ。喧嘩はしていない様子でホッとした。
やっぱり、寄ればよかったかなとか、ぐるぐると考えて罪悪感を覚えた。
「ママの電話の時、おじさん居たよ」
長女が帰って来た。
用事があって実家に寄ってきたそうだ。弟が来て母が機嫌よく過ごしていたと教えてくれた。
母に電話した時、何も言わなかった。娘に「ママの電話の時、おじさん居たよ」とサラッと言われてしまう。
弟は夜ご飯を必ず持ってきてくれるので、両親の夕飯の心配はない。
私はよくしなくて良い心配をしてしまう。
取り越し苦労、、、。
調べてわかった、「介護の罪悪感」のこと
この「行かなかった日の罪悪感」、私だけかと思って調べてみたら、介護している人のほとんどが経験する、ごく普通の心の動きらしい。
しかも罪悪感は、「本当は優しくしたい」「ちゃんとやりたい」という思いの裏返しなんだそうだ。「自分がやらなければ」という責任感が強い人ほど、揺れも大きくなる。つまり、罪悪感が湧くのは冷たいからじゃなくて、大事に思っているからだった。
それから、こんな言葉も見つけた。介護者が毎日を楽しく過ごすことは、罪でも裏切りでもない。親も、介護する側に苦労してほしいとは思っていない——。
完璧な介護者であり続けるのは、現実的じゃないらしい。そうだよね。だから今日くらい、娘の送迎と夕飯を優先したっていい。
また明日、母の顔を見に行こう
私が心配しなくても、父も居るし、弟も居るし、大丈夫。
だから、今日のように自分を優先して、行かない事を選択したっていい。
また明日、母の顔を見に行こう。
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