「生きてるだけでまるもうけって誰かが言ってたけど」
「ホントかしら。生きてる意味もない。死にたいわ」
母がぽつりと言った。何も返せなかった。どーんと、落ち込んだ。
夕方は鬼門。お弁当の日の出来事
その日は、配食サービスのお弁当が届く日だった。
母は自分で玄関からお弁当を持ってきたはずなのに、それを素通りして、冷凍庫からだるそうに肉を取り出した。
「お母さん、今日はお弁当だよ」と伝えると、「そんなの知らないわよ」とプリプリしながら肉をしまった。
夕方は、母の気分が落ちやすい時間帯だ。黄昏泣きというほどではないけれど、ちょっとしたことで機嫌が崩れる。それでも食事の支度をしなくていいとわかって少しホッとしたのか、母はソファでぼんやり寛ぎだした。
そして、あの言葉が出た。
母の日常の様子は、認知症の母の日常。今日も同じ話がぐるぐると繰り返すにも書いています。
「死にたい」という言葉に、何も返せなかった
認知症の人が「死にたい」と言うとき、それが本当に死を望んでいるのか、ただ「辛い」「しんどい」という気持ちの表れなのか、正直わからない。
でも、どちらであっても、咄嗟に「そんなこと言わないで」とも「大丈夫だよ」とも言えなかった。何を言っても軽くなってしまう気がして、ただ黙って隣に座っていた。
どうしようもない。仕方ない。でも、その言葉がずっと頭に残った。
父の「正論」が、負のループを生む
父は、母のうっかりをいちいち指摘する。「今日はお弁当の日だ」と、正しいことを言う。
でもそれが母のプライドを傷つける。機嫌が悪くなる。父に暴言を吐く。父もイライラする——ぐるぐると、負のループが続く。
正しいことを言っているのに、うまくいかない。「うまくやる」って、本当に難しい。
父と母のすれ違いについては、認知症の母と、怒鳴る父と、疲れ果てた私の話。にも書いています。
それでも、生きてるだけでまるもうけ
「生きてるだけでまるもうけ」——明石家さんまさんの言葉として知られているこのフレーズを、母は自分で口にしながら、「ホントかしら」と否定した。
私には何も言えなかったけれど、今もこの言葉を大切にしている。
介護は理不尽なことの連続だ。うまくできないことも、正解がわからないことも多い。でも、今日も母がここにいる。それだけで、十分なのかもしれない。
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