お母さんのせいじゃなかったんだね。

母のこと

母とは、ずっと仲が良かった。

だから、あの頃の母の言動が「病気の兆候」だったと気づくまでに、時間がかかった。

離婚前後、実家に頼ろうとした私

元夫との別居期間、私は実家に身を寄せていた。当然、昔みたいに母と一緒に家事をこなしていけると思っていた。

でも、今の母は家事をほとんどしない。料理以外の家事は父がやっていたのだと、そのとき初めて知った。

私は「家事はするのが当たり前」と思っていたし、実際相当頑張った。仕事から帰ってきてもキッチンに立ち、冷凍庫の食材で夕飯を作った。朝は4時に起きて子どもたちのお弁当を作り、自分は朝ごはんも食べずに職場へ向かった。

私が居ることで少し楽になってもらえる——そう思っていた。

「まずい」と言って2階へ行く母

でも、現実は違った。

私が作ったご飯を「まずい」と言って食べずに2階へ行ってしまう母。夜になると不機嫌そうにスーパーへ行き、これ見よがしにお弁当を買って寝室で食べる。父が私の料理を食べていると「よく食べるわね」と悪態をつく。

父に理由を聞くと、「勝手にキッチンを使われるのが嫌なんだ」と言われた。

でも——そんなわけない。母と私はそんな関係ではなかったのだ。私が離婚することになったから怒っているのかとも思ったけれど、それとも違う気がした。

あれは病気の兆候だった

後になってわかったのは、あの頃の母の言動は「前頭葉の萎縮」によるものだったということだ。感情のコントロールが難しくなり、理不尽な怒りが出やすくなっていた。

あのとき私を傷つけた言葉は、母が本当に思っていたことではなかったのかもしれない。そう思うと、胸が痛くなる。

子どもたちは、親が離婚するかもしれないという不安の中で、母親が理不尽な扱いを受けているのを目の当たりにしていた。それでも、小さい頃からのおばあちゃんの優しさを知っていたから、嫌いにはならなかった。にこにこ笑っていたあの頃の母を、みんな覚えているから。

認知症の親への複雑な感情については、認知症の親への怒りを抑えていた。「心の蓋」を開けた日のことにも書いています。

父のことを、思わずにはいられない

母の病気が私に教えてくれることは、計り知れない。

でも——父は?

一生懸命働いて家族を支えてきた人が、自分の兄弟にも会えず、毎日母の怒りを受け止めながら暮らしている。もう少し楽に暮らせたら良いのに、と思わずにはいられない。

離婚のことは、ひどい男だった。離婚を決意した理由にも書いています。父と母の日々については、認知症の母と、怒鳴る父と、疲れ果てた私の話。にも書いています。

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