父が限界だったあの日——ぎっくり腰でも「大丈夫」と言い続けた人のこと

母が手首を骨折したのは、ある夕方のことだった。

転んで骨を折った。病院で処置してもらって、ギブスをした手で帰ってきた。でも母は、そのことをすぐに忘れてしまう。痛みでハッとして、父に「手が痛い」と訴える。父が説明する。また忘れる。また訴える。その繰り返しだった。

夕方、母は父に言った。「手が痛いから、湿布を貼って」と。ギブスをした手を差し出しながら。

父は何度も説明した。骨を折ったこと。病院に行ったこと。ギブスはそのままにしておかないといけないこと。でも母には伝わらない。「手当してくれない」と怒りはじめた。そしてギブスを自分で取ろうとした。

父は止めた。母はさらに抵抗した。取っ組み合いのような形になった。

電話口から聞こえてきた声

別の家で暮らしている私に、父から電話がかかってきた。

電話口の向こうで、母の声が漏れ聞こえた。

「殺してやる」

薬を変えてから初めての、大きな揉め事だった。父は静かな声で言った。「手に負えないから、来てくれ」と。

階段で壁を押さえてしゃがんでいた父

駆けつけると、母は2階から父を落とそうとしていた。父は階段の途中で、壁に手をついてしゃがみこんでいた。落ちないように、ただそこに踏ん張っていた。

私が声をかけると、母の興奮は少し落ち着いた。父はゆっくり立ち上がって、何も言わなかった。困り果てた、という顔をしていた。

怒っていなかった。泣いてもいなかった。ただ、疲れ果てていた。

翌日から、入浴介助が始まった

翌日から、父が母の入浴介助をすることになった。

母は、父のやり方が気に入らないらしかった。あれが違う、これが違う、と文句を言いながら、あれこれやらせた。申し訳ないという様子も、ありがとうという言葉もなかった。ただ、太々しくそこにいた。

でも私が手伝いに入ると、母は何度も言った。「お父さんはよくやってくれる」と。

その言葉を聞きながら、私は少し複雑な気持ちになった。本当はわかっているんだ、と。ただ、父の前では素直に言えないだけで。

「ぎっくり腰なんだ」——誰にも言わなかった

翌日、私が入浴介助を手伝っているとき、父の動きがどこかぎこちなかった。

「痛そうだね」と言うと、父は少し間を置いてから答えた。

「ぎっくり腰なんだ」

おそらく前日の、あの取っ組み合いのような場面で傷めたのだと思う。でも父は黙っていた。私に言わなかった。介助をやめなかった。

「大丈夫なの」と聞くと、「大丈夫だよ」と言った。

その「大丈夫」が、一番つらかった。

限界は、声に出さない

介護をしている家族が「限界です」と言うとき、それはもう限界をとっくに超えている。

父を見ていて、そう思う。腰が痛くても黙っている。怒鳴られても踏ん張る。弱音を吐かない。それが父の「普通」になってしまっている。

でも、普通じゃない。どう考えても、普通じゃない。

ぎっくり腰で、取っ組み合いになった翌日も、入浴介助をする人が「大丈夫」なわけがない。

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今は、少しでも父の荷物を軽くしたいと思いながら、私は両親の家に通っている。

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