父の朝は、犬の散歩から始まる。
帰ってきたら、朝ごはん。といっても、最近の両親の定番はトーストか菓子パンだ。パンを焼くことさえ、たぶん面倒なんだと思う。
菓子パンの日は、母が自分で持ってきて食べる。トーストの日は、父が焼いているのだと思う。母と菓子パンのことは、認知症の母が「ごはん食べてない」と言うにも書いた。
そこから、父の家事が始まる。洗濯も、掃除も、食事の支度も。いまは、全部父がやっている。
家事をしてこなかった父が、全部を背負っている
父は、もともと家事をしない人だった。
母がチャキチャキと、何でも手早くやる人だったからだ。父が手を出す前に、やってあげてしまう。そういう人だった。
それがいつからか、母は文句を言いながら家事をするようになった。そして、だんだんできなくなっていった。その始まりのことは、認知症の始まりは、父が食器を洗いはじめた頃だったに書いた。
今までやってこなかったことを、年を取ってから、全部やらなければならない。しかも父は、母より年上だ。
父は「自分が全部やったら、お母さんがもっとボケてしまう」と、母に手伝ってほしがっていた。そのことは認知症の母に、家事をやらせたほうがいいの?——「やらせないとボケる」と父は言ったけれどに書いた。
そして、母の病気は治らない。この毎日に、終わりの日は決まっていない。
「何もしない」——用意しているのは、父なのに
それなのに、母は父のことを「何もしない」と言う。
ある日、テレビを見ながら、父が「料理をするのは面倒くさいよ」というような話をした。母は真顔で、こう返した。
「3度3度誰が作ってるの? 面倒なことがわかっているのなら、ありがたいと思いなさい」
用意しているのは、父だ。
母の中では、自分が家族のごはんを作っていた頃が、まだ「今」なのだと思う。だから、父がゆっくり座っていると、罵られる。実際は、家事の全部を父がやっているのに。
見張られているのは、どっちなんだろう
母は、父に見張られていると言う。
でも私から見ると、見張っているのは母のほうだ。
デイサービスのお迎えを待っていた朝、母は「お父さんはどこに行ったの」と、何十回も私に聞いた。父はいつもどおり、家事と体操をしていただけだった。
家の中を歩いて父を探し、「これから私がいなくなるから、今のうちにいじめないと」と絡みに行く。
米を炊かないでほしい、という話になったとき、父が「ずっと監視していられないから」と言ったことがある。母の返事は「監視してればいいじゃない」だった。
父は、自由に出かけることもできない。出かけた先には、母から何度も電話がかかってくる。そのことは父のゴルフと、何度もかかってくる電話に書いた。
父の体のことは、後回しになる
父は、腰が痛そうにしている。
「整体に行けば?」と私が言うと、母が「いい、高いのに」と止める。
母の中では、父は毎週整体に通っていることになっている。1回1万円以上する施術に、毎週。だから家計のお金がなくなるのだ、と父を責める。
実際には、父は整体に行っていない。行きたくても、行けないのだ。
介護している人の体のことが、いちばん後回しになっている。
父も、うとうとしている
実家に行くと、父がうとうとしていることがある。
ソファで目をつむる母を見ながら、父が笑って言ったことがある。
「この人は、人が寝ていても関係なしに話しかける」
夏に「夜は寝られる?」と聞いたときは、父の様子からすると、眠れない日もあるみたいだった。
「お父さんより1日でも長く生きなきゃね」と言っていた母
母が元気だった頃、私にこう言っていた。
「お父さんより1日でも長く生きなきゃね。あんたに迷惑かけるから」
父のことは自分が最後まで見る。娘には背負わせない。母は、そういうつもりでいたのだと思う。
「化けて出て、首を絞めてやる」
先日、何の話からか、父が「長生きしない」と言った。
そこから、どっちが先に死ぬか、という話になった。
父は「自分のほうが確実に先に死ぬから」と言う。母は、自分が先だと言う。
でも私から見ても、母のほうが元気そうだ。
そして母は、父に向かってこう言った。
「自分だけ死ぬのは腹が立つ。お父さんだけ楽しいのは許せないから、化けて出て首を絞めてやる」
そういうことを言うときの母は、意地の悪い顔をしている。
父は、こう返した。
「そんなんだから、お母さんが出てくるんだよ。『〇〇さんに優しくしなさい』って、毎晩言ってるんや」
お母さん、というのは、母の母のこと。〇〇さんは、おばあちゃんが父を呼ぶときの呼び方だ。
母は、亡くなったおばあちゃんを探すことがある。「おばあちゃん、どこ行った?」と。父の返しは、たぶんそのことをふまえている。母が「お母さんのところに帰りたい」と言ったことは、認知症の夜のひとり歩きはなぜ起こる?に書いた。
母は、はんっと首を振って、父をにらんだ。
普通は、そんな言い方はしないと思う。
でも、それも病気なんだと思う。
そのことは、「認知症になると本性が出る」と言われて——母と、祖父を見てきて私が思うことに、調べたことも含めて書いた。
「1日でも長く生きなきゃね」と言っていた母と、「化けて出て首を絞めてやる」と言う母。同じ人の口から出た言葉だ。
「お父さん、しんどくない?」は、まだ聞けない
母の病気は治らない。その上、辛くあたられる。父にしたら、やっていられないと思う。
「お父さん、しんどくない?」と聞きたい。でも聞けない。聞いたら、父が「しんどい」と認めてしまうような気がして。
父は、弱音を吐かない。「今まで散々世話になったのに、放り出せないでしょ」と言う人だ(認知症の妻に怒鳴られる夫——それでも怒らない父を見て、私が思うこと)。
父が引き受けているのは家事だけではない。母が免許を返したあとの移動も、父が背負っている(→免許を返納したあとに来たもの——「ご褒美ちょうだい」と言った母と、父が運転する車)。
📋 家事をひとりで背負っている人が、少し休める時間を
家事を全部ひとりでやっていると、休むのは「手が空いたら」になる。そして、手が空く日はなかなか来ない。
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それでも父は、今日も家事をしている。


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