認知症の妻に怒鳴られる夫——それでも怒らない父を見て、私が思うこと

「汚い男だ」

母がそう言ったのを、私は聞いた。

認知症になってから、母の言葉はときどき刃になる。長年連れ添った夫に向かって、信じられないような言葉を投げつける。「こんな人といても仕方ない」「出て行け」——そういう言葉が、日常の中に混ざってくる。

父は、怒らない。

黙って聞いている。あるいは、その場をそっと離れる。怒鳴り返したことも、泣いたところも、私は見たことがない。

「嫌になるよね」と言ったら

あるとき、私は父に言った。「お母さんにそんなこと言われたら、嫌になるよね」と。

父は少し間を置いてから、こう言った。

「今まで散々世話になったのに、放り出せないでしょ」

怒っていなかった。嘆いてもいなかった。ただ、当たり前のことを言うように、そう言った。

私は、なんとも言えない気持ちになった。

慰めの言葉も、感心する言葉も、出てこなかった。「そうだね」とも言えなかった。ただ、その言葉が胸の中にずっと残った。

弟が、2人の前で言ったこと

あるとき、弟が父と母の前でこう言った。

「お母さんがそういうふうにお父さんを苦しめていると、その貯金みたいなものがなくなってしまうよ」

「幸せの貯金」——父がかつて話してくれた言葉を、弟は知っていた。長年かけて積み重ねてきた、目に見えない愛情の蓄え。それが削られていく、という話をした。

父も母も、黙っていた。

その沈黙が、何より重かった。

怒らない父が、怖くなるとき

怒らない人を見ていると、ときどき怖くなる。

怒る人は、まだ感情がある。限界が来れば声に出す。でも怒らない人は、どこに限界があるのかわからない。気づいたときには、静かに折れてしまっているかもしれない。

父が怒らないのは、強いからなのか。それとも、もうそれすら諦めてしまっているのか。私にはわからない。

「放り出せないでしょ」という言葉は、愛情の言葉だと思う。でも同時に、その言葉がどれだけの重さを背負っているかを思うと、娘として、胸が痛い。

介護する側も、誰かに話せる場所が必要だと思う

認知症介護の話をするとき、どうしても「介護される側」の話になりがちだ。でも、介護する側——父のような人の孤独は、なかなか表に出てこない。

怒鳴られても笑っている。文句を言われても黙っている。「大丈夫」と言い続けている。そういう人が、一人で全部抱えている。

父が誰かに話せる場所があればいいと思う。専門家でも、サービスでもいい。「放り出せない」と思いながら、それでも誰かに少し預けられる時間が、あればいいと思う。

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父のことを思うとき、私はいつも少し遅れてしまっている気がする。気づいたときには、もう父は「大丈夫」と言っている。

それでも、見ていたいと思う。見ていることしか、今の私にはできないから。

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