父がゴルフを始めたのは、50歳のときだった。
それまでは仕事一筋で、趣味らしい趣味はパソコンくらいしかなかった。ゴルフを始めたのは、母の病気が発覚するより前のことだ。今から思えば、その頃から少しずつ始めていたことが、結果的に父の唯一の逃げ場になっている。
昔は、ゴルフで揉めていた
ゴルフを始めた頃、母はよく怒っていた。
ETCカードを父が使って、クレジットで引き落としになる。友達と割り勘でお金はもらっているのに、それをきちんと戻さないとか。ゴルフの支払い明細を見て怒ったり、お小遣いが多いと言ったり。
傍から見ていた私は、なんでそんなに言うんだろうと思っていた。母はお金に困っていたわけじゃない。私は「お母さんも好きにしたらいいのに、趣味とか旅行とか」と言ったこともある。でも母は、自分の楽しみにはあまり興味を持たない人だった。
それが良かったのか悪かったのか、今でもわからない。
GPSで父の居場所を確認する日常
今も、父はたまにゴルフに行く。
でも父は私に「ゴルフ行くから」とは言わない。仕事帰りに実家に寄ると、父がいない。母に聞いても、どこに行ったかわからない。そういうとき、私はGPSで父の居場所を確認する。ゴルフ場の近くにいれば、ああそうか、と思う。
父がゴルフに行っている間、母は何度も父に電話をかける。どこにいるのか、いつ帰るのか、なんで出かけたのか。同じ電話を、何度も。
父はコースの途中で電話を取りながら、同じ説明を繰り返す。ゴルフに来ている。もうすぐ帰る。大丈夫だから。
電話は、ゴルフの日だけではない。父が畑に出かけたときも、母は忘れてしまって、何度も電話をかけたり、騒いだりした。
父が犬と散歩に出ただけの朝、母から私に「犬がいない」「お父さんもいない」と電話が来たこともある。位置情報を見ると、父はいつもの散歩コースにいた。母に電話でそう伝えると、落ち着いた(認知症の親とペットの暮らし)。
「なん度も電話してきやがって」
ある日、父が帰ってきた。
母が「おかえり」と機嫌よく迎えられればよかった。でもそうはならなかった。母は冷たく対応して、意地悪なことを言った。
父は小さい声で言った。
「なん度も電話してきやがって。ゆっくりゴルフもできない」
それを聞いた母が逆ギレした。「電話なんかしていない」「電話したからってなんなの」と。
父も、疲れていたんだと思う。久しぶりに外に出て、体を動かして、少し息ができた一日のはずだった。それが帰ってきたら、また戦場だった。
揉めているのがわかって、帰れなかった
私はそのとき、実家にいた。
2人が揉めているのがわかって、自分の家に帰れなかった。帰るに帰れないまま、時間だけが過ぎた。
ようやく落ち着いて自宅に帰ると、夜が遅くなっている。疲れは倍増している。ご飯の支度ができない。レンチンのもので夜を終わらせる。
こういう日が、たまにある。
今は、父が行き先をホワイトボードに書いている
今、父は出かける前に、ホワイトボードに行き先と帰る時間を書いている。
ホワイトボードは、母がいつも座っているところの、目の前に置いてある。
前は、ホワイトボードがあっても、母は自分から見に行かなかった。父がいないと、私たちに何回も「お父さんは?」と聞いた。
目の前に置くと、見に行かなくても、目に入る。それが、だんだん定番になってきた。
電話をかけなくなったのは、そのおかげかもしれない。
それと、母は9月ごろから、スマホを触らなくなった。私のところにも、電話はかかってこなくなった。理由は2つ重なっていて、どちらが効いたのかは、わからない。
電話のことで揉めることも、なくなってきている。
でも、これで解決したわけではない。
母が前よりおとなしくなったのは、病気が進んできたということでもある。家族は、そう思っている。
母を、一人にはしておけない。だから、電話が減っても、父が出かけやすくなるわけではない。
調べてわかったこと——答え合わせ
何度も電話をかけるのは、かけたことを覚えていないから
健康長寿ネットの「認知症の中核症状」には、こう書かれている。
認知症で早くからみられる障害では、新しいことを覚えられなくなり、さっき聞いたこと、したことを記憶することが難しくなります。
母は、電話をかけたことも、父が答えてくれたことも、覚えていない。だから、また電話をかける。父に「なん度も電話してきやがって」と言われて、「電話なんかしていない」と返したのは、母にとっては本当のことだったのだと思う。
「目に見えないもの」は、わかりにくい
同じページには、こうもある。
目に見えないものが理解しにくく、自動販売機や駅の自動改札機、銀行のATMなどを前にすると、どうすれば良いのかがわからなくなります。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
父がどこにいて、いつ帰るのか。それも、母には目に見えないことだった。ホワイトボードは、それを目に見える形にしてくれたのかもしれない。
「さっき言ったでしょ」は、傷つける
国立長寿医療研究センターの「認知症の方と関わるとき~大切な7つのポイント~」には、こうある。
「また忘れたの?」「さっき言ったでしょ」といった言葉は、知らず知らずのうちにご本人の心を傷つけてしまうことがあります。
(出典:国立長寿医療研究センター「認知症の方と関わるとき~大切な7つのポイント~」)
「なん度も電話してきやがって」は、父の本音だったと思う。でも、母には、責められた言葉にしか聞こえなかったのかもしれない。
それでも、ゴルフをやめてほしくない
父に、ゴルフをやめてほしいとは思わない。
むしろ、続けてほしい。あの数時間だけが、父が「介護する人」ではない時間だから。コースを歩いて、仲間と話して、スコアのことだけ考えていられる時間。それがなくなったら、父はどこで息をするんだろうと思う。
帰ってきたときの揉め事も、電話の繰り返しも、全部ひっくるめて、それでもゴルフがある方がいい。私はそう思っている。
介護をしている人が、自分の時間を持つことは、わがままじゃない。それを娘として、改めてそう思う。
📋 介護者が「自分の時間」を作るために
デイサービスがない時間帯や、急な外出のとき——介護保険外のサービスで、短時間だけ誰かに任せることができます。介護する側が休める時間を作ることは、介護を長く続けるためにも必要なことです。
今日も父はゴルフに行けただろうか。帰ってきたとき、母が少しでも穏やかでいてくれればいいと思いながら、私は実家への道を走る。
父は、やらないのでも、できないのでもない。気づかないのだ——母の着替えの話は、認知症の母の着替え、「お父さんには頼みたくない」に書いた。
📖 父シリーズ——同居介護のリアル
▶ 父が限界だったあの日——ぎっくり腰でも「大丈夫」と言い続けた人のこと
▶ 認知症の妻に怒鳴られる夫——それでも怒らない父を見て、私が思うこと
▶ 認知症の母が、何度も電話をかけてくる——ホワイトボードで電話は減った。それでも、一人にはしておけない
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