認知症の診断が出てから、私はよく「あのときから変だったんだ」と思い返すことがある。
でも当時は、そう思えなかった。ひとつひとつは小さくて、「まあそういうこともある」で終わってしまっていた。今になって並べてみると、全部つながっていたのだと分かる。
これは、そのころの三つの記憶だ。
ひとつめ——旅行中に、何度も電話が来た
実家で飼っているペットの世話を、旅行中に母に頼んだことがある。
いつもの母なら「お安いご用」と言って、こちらが心配するまでもなく引き受けてくれた。でもそのときは、少し間があった。結局引き受けてはくれたのだけど、旅行先に何度も電話が来た。
ご飯のあげ方を聞いてきた。トイレの替え方を聞いてきた。水はやるのかやらないのかを聞いてきた。
そのたびに私は答えた。最初は「心配性だな」と思っていたけれど、電話のたびに同じことを確認してくる母に、なんとなく違和感を覚えた。でも旅行中のことだから、深く考えなかった。
あれは、覚えていられなかったんだと思う。今なら。
ふたつめ——デパートで、いなくなっていた
母とはよく買い物に行っていた。デパートで私の好きなブランドを見て回るのが定番で、母もいつも付き合ってくれていた。
いつからか、母がつまらなそうにするようになった。「可愛い」と言っても「いらないでしょ」と返ってくる。そう言われると私も楽しくなくて、買わずに店を出ることが増えた。
あるとき、洋服を見ていたら、母がいなくなっていた。探したら別の場所にいて、「ごめんね、お母さん買い物もう面倒くさくて」と笑っていた。
その日から、一緒に行くのはデパ地下だけになった。洋服は見なくなった。
「面倒くさい」という言葉が少し引っかかったけれど、そのときは「そういう時期なのかな」で終わらせてしまった。
あれも、前兆だったと今は思う。
みっつめ——娘が、運動会に一人取り残された
娘の運動会の迎えを、母に頼んだ。
時間はLINEで送った。その頃から「必ずLINEで」というルールが、うちの中でできていた。口で言っても「聞いていない」になることが増えていたから。
でも母は、違う時間に来た。
私はまだ会場の中にいた。そこに父から電話が来た。「お前がいい加減なことを言うから、こうなる」と怒鳴り声が聞こえた。母はすでに私と一緒にいる娘を見て、「騙された」と思ったらしい。そして娘を乗せずに、帰ってしまった。
娘は、会場に一人取り残された。
何度も電話が来るたびに、周りの目が気になった。娘のことが心配だった。父の怒鳴り声が耳に残った。結果的に母の勘違いだと分かったけれど、謝られたことは一度もなかった。
誰も悪くない。でもそのとき私には、どこにもぶつけられない疲れだけが残った。
今になって、振り返る
ペットへの確認電話、デパートでの「面倒くさい」、LINEで送った時間の間違い。ひとつひとつは「まあそういうこともある」で終わった出来事ばかりだ。でも並べてみると、全部つながっていた。
気づいていなかったわけじゃない。一度だけ、両親に「調べてみたら」と言ったことがある。でも「放っておいてくれ」と言われた。
そのままでいいか、と思った。話し合うことから、逃げてしまった。
今でも思う。あのとき早く薬を飲んでいたら、違ったのかな、と。答えは出ないけれど、考えてしまう。
それでも今は、あのころの自分を責めるだけじゃなくなった。それだけで、少し前に進めた気がしている。
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