母は、長いあいだスーパーの惣菜部でパートをしていた。揚げ物のプロだ。
家事は何でもこなし、料理もチャキチャキと作る人だった。
衣をつけるところまで
母は今も、よくトンカツを作る。
衣は、母がつけられる。でも、揚げるのは父だったり、私だったりする。
冷凍庫に、衣をつけただけのトンカツがたくさん並んでいた時期もあった。
魚を煮る、肉を焼く、は、なんとかできる。でも「なんとか」で、焦げていたり、鍋に入れたまま置いてあったり、洗い物はそのままだったりする。
「面倒くさい」と言うようになった
いつからだろう。母は「面倒くさい」「作りたくない」と、私にこぼすようになった。
私は、「今までずっとやってきたんだから、嫌なことはやらなくていい。外に頼めるものは頼めばいいよ」と言ってきた。母がしんどいのに、頑張ることはない。
この「やらなくていい」は、父の「やらせないとボケてしまう」とぶつかったこともある。そのことは認知症の母に、家事をやらせたほうがいいの?——「やらせないとボケる」と父は言ったけれどに書いた。
チャーハンを届けた日
去年の秋、用事があって、娘たちの昼ごはんにチャーハンを作った。少し多めに作ったので、実家にもおすそ分けした。
こういうことは、ときどきしている。でも、基本的にあまり喜ばれない。
それは母の優しさなのだと思う。喜べば、また私が頑張ってしまうから。
そうは言っても、反応がないと気になる。食べたのかな、と思って、実家に行ったときにこっそり冷蔵庫を確認してしまう。
でもその日は、「ありがとう」の電話をくれた。美味しかった、と。
なんてことはない、ケチャップチャーハンだ。それでも、とても嬉しかった。母の機嫌がいいと、こちらの気持ちも軽くなる。
また持っていこう。でも、無理はしない。できるときにだけ。
あれは「実行機能障害」だったのかもしれない
母の料理のことを、調べてみた。
認知症になると、「行動するために必要な段取りを考える力」が落ちることがある。献立を考える、料理する、盛り付ける——そういう一連の動作が、うまくつながらなくなる。これを「実行機能障害」と呼ぶそうだ(朝日生命「料理ができなくなるのは認知症が原因?」)。
だから、揚げ物のプロだった母の腕が落ちたわけじゃなかった。衣をつけるところまでは、今もできる。でも、その先の「油を温める→揚げる→片付ける」まで、ひとりでつなげるのが難しくなっていた。
思えば、診断のずっと前から、母は手の込んだ料理をしなくなっていた。そのときの私は、「面倒なだけかな」と思っていた。でも、あれはもう始まっていたのかもしれない。家事の崩れ方から始まる認知症もある、という話は認知症の始まりは、父が食器を洗いはじめた頃だったにも書いた。
チャーハンを、母はもう作らない
チャーハンを、母はもう何年も作っていない。今もう一度作れるかは、正直わからない。
でも、たぶん、もう作らないと思う。
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