認知症の親の介護、もう無理と思ったら——話を変えるか、「今日は、帰るね」と言って帰る

それでも、蓋はしない——認知症の親への怒りを抑えていた、「心の蓋」のこと 家族

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母が認知症と診断されてから、私の中にずっとある感情があった。

怒り、だ。

でもその怒りを、ずっと見ないようにしていた。

同じ話が、毎日何度も繰り返される

母の認知症の症状は、物忘れだけじゃなかった。機嫌の乱高下が激しく、家族もペットも、その波に振り回されていた。

不思議なのは、昔の話をよくするのに、そこに楽しかったことや嬉しかったことが一切出てこないこと。出てくるのは、恨みや不満ばかり。しかも私が知っている事実とは違っていたり、より悪く脚色されていることも多かった。

それを指摘したり反論しようとすると、火に油を注ぐことになる。だからとにかく同意して、ときには一緒に悪口を言うくらいの対応をするしかない。

それが1日に何度も、毎日続く(認知症の母の日常。今日も同じ話がぐるぐると繰り返す)。

介護をしていると、自分の感情を後回しにしがちだ。怒りを感じても「こんなことを思ってはいけない」と蓋をする。悲しくても「仕方ない」と流す。私も、そうしていた。

「心の蓋が外れる」という話

同い年の友人が、学校カウンセラーの先生から聞いたという話がある。

人は年をとると、長年心に蓋をしていた怒りや恨みが、理性のたがが外れることで吹き出してしまうことがある——。

聞いたとき、母がそうなのかもしれない、と思った。

私の母は、働き者で我慢強くて、優しい人だった。今の母からは想像しにくいかもしれないけれど、本当にそうだった。祖父の介護をひとりでやりきった。父が計画した海外旅行が、直前に無くなったこともあった。一度ではない。

たくさん、たくさん、たくさん——我慢していたんだと思う。

だから今、蓋が外れてしまったのかもしれない。そう思うと、怒りよりも、胸が痛くなった。

でも、そうではないのかもしれない

この記事を最初に書いてから1年。考えが、少し変わった。

認知症だった祖父も、怒りっぽい人になっていた。母と喧嘩をして、「殺してみ〜!」と言っていた。別の人、別の人生。それなのに、同じ種類の言葉が出ていた。

母の薬が変わったとき、1か月ほどで「死ぬ」「殺す」という言葉を聞かなくなった(認知症の親の主治医を変えた話)。何十年分の恨みなら、薬で1か月では消えないと思う。

イライラしている母が、自分で深呼吸をしながら「ため息をつかないと、お父さんに何するかわからないから」と言ったこともある。本当に吹き出させたいものなら、自分で止めようとはしない。

だから今は、こう思っている。蓋が外れたというより、ブレーキが壊れたところから、あの頃の時間がこぼれているのかもしれない。そのことは、「認知症になると本性が出る」と言われて考えたことに書いた。

それでも、蓋はしない

考えが変わっても、ひとつだけ変わらないことがある。自分の感情に、蓋をしないことだ。

友人が聞いた先生の話には、続きがあった。「ネガティブな感情に蓋をしないこと」。「私はこのことで怒っている」「悲しんでいる」と、自分の気持ちにタグをつけて、表に出してあげる。そして、我慢しすぎない。

環境や立場によって、そう簡単にはいかないこともある。でも、自分の怒りや悲しみを「あってはいけないもの」として否定するのではなく、まず許してあげることが大事なんだと思う。

私は怒っていい。疲れていい。辛いと思っていい。

今の私は、「もう無理」を子どもたちにしょっちゅう言っている。「頑張らない」と、口に出して唱えている(娘に「ボケたら許さないから!」と言われた私がやっていること)。

家族への怒りをためこむとどうなるかは、認知症の母と、怒鳴る父と、疲れ果てた私の話。にも書いた。

蓋をしないのは、母のためというより、この先の私と娘たちのためだ。娘たちに、将来恨みつらみを吐き出さないために。

受け止めきれなくなったら、話を変えるか、帰る

蓋をしない、と言っても、母に気持ちをぶつけるわけではない。私は、母に向かって怒ることはない。

ただ、母の怒りや恨みの話を、もう受け止めきれないと感じるときがある。

そういうときに、やることがふたつある。

まだ受け止められそうなときは、話を変える

ひとつめは、話を変えること。

それも、ちょっとした話題ではなく、もっと強烈な話を打ち込む。仕事で受けた理不尽なクレームの話や、娘がやらかした大失敗の話。母の頭の中にある話より、もっとインパクトのある話を持ってくる。

ただ、これは私が元気なときでないと、うまくいかない。

もう受け止めきれないときは、「今日は、帰るね」

ふたつめは、その場を離れること。

私のほうがもう受け止めきれないとき、気持ちが落ちているときは、母がいくら怒っていても、私がそこにいることで、かえって事態を悪くしてしまう。

だから、帰る。

「今日は、帰るね」

そう母に言って、家に帰る。

受け止めきれない私がそこに残っても、誰も助からない。帰るのが一番いい。

「寝ちゃいな」と言ってくれる娘たち

家に帰って、「もう無理」と口に出す。

娘たちは、こう言ってくれる。

「何にもしなくていいよ。寝ちゃいな」

長女は洗い物をしてくれて、洗濯物も干してくれる。次女は、乾いた洗濯物を畳んで片付けてくれる。

蓋をしないで「もう無理」と言えるのは、受け止めてくれる人がいるからだ。そして、言葉にしたぶんだけ、娘たちも動いてくれる。黙って我慢していたら、こうはならなかったと思う。

調べてわかったこと——答え合わせ

気持ちに名前をつけると、落ち着く

友人が聞いた先生の話の中に、「自分の気持ちにタグをつける」というものがあった。

これには、研究の裏づけがある。

アメリカ・UCLAのリーバーマンらの研究(2007年)では、いやな気持ちになる画像を見せたとき、その気持ちを言葉で名づけてもらうと、脳の中で不安や恐怖に関わる「扁桃体(へんとうたい)」の反応が弱まったという。かわりに、前頭葉の一部が活発になっていて、そこから扁桃体の反応をしずめる道すじがあるのではないか、と考えられている。

(出典:Lieberman MD, et al. “Putting feelings into words: affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli.” Psychological Science, 2007)

「もう受け止めきれない」「もう無理」と言葉にするのは、弱音を吐くことではない。むしろ、自分の気持ちを少し静めることにつながっている。

それでも、正解はない

話を変える。帰る。言葉にする。

どれも、うちでたまたまうまくいったことで、これが正解というわけではない。母の様子も、私の調子も、日によって違う。

ただひとつ言えるのは、自分の状態を見て、やり方を選んでいいということ。まだ受け止められる日は話を変える。受け止めきれない日は帰る。それでいいのだと思う。

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母との時間については、記憶が薄れていく。認知症の母と過ごす時間の大切さにも書いています。


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