父の一日——認知症の妻と二人きりで過ごすということ

父の一日は、朝5時半に始まる。

まず犬の散歩。まだ薄暗い時間に、リードをつけて外に出る。帰ってきたら、朝食の準備。卵を割って、味噌汁を温めて、ご飯をよそって。

母はそのうち自分のタイミングで起きてくる。そして、まるで自分で準備したかのように食卓に座る。父はそれを、何も言わずに見ている。

デイサービスがある日だけ、父は「自分」に戻れる

母がデイサービスに行く日は、父にとって数少ない「自由な時間」だ。銀行へ行ったり、PCを開いたり、家の片付けをしたり。それだけ聞くと、ゆとりのある一日に聞こえる。

でも実際は、「やりたいことが続かない」らしい。

頭のどこかに「母が帰ってくる時間」がある。それまでに夕飯の段取りをして、家を整えて。気づけば、迎えの時間が来る。まとまった時間のはずなのに、なんとなく追われている感覚が抜けない——そんな一日なのだと思う。

母がいる日は、テレビもゆっくり見られない

母が家にいる日、父がPCを開いていると機嫌が悪くなることがある。「私のことを構ってくれない」という気持ちなのか、理由はわからない。でも父は、そのたびにそっとPCを閉じる。

テレビも、ゆっくり見られない日がある。母が気になることを言い始めたり、同じ話を繰り返したり。父は相槌を打ちながら、画面と母の顔を交互に見ている。

それでも、怒らない。

夜ごはんを食べたら、母は2階へ上がる

母は、夕飯を食べ終わると歯磨きをして、さっさと2階へ上がる。食べっぱなし、片付けはしない。それが日課になっている。

母が上がってから、ようやく父の「自分の時間」が始まる——はずだった。

でも実際には、そこから食事の片付け、洗濯、風呂の順番が待っている。それを一つひとつこなしていくと、父も疲れてしまって、ソファでウトウトしている。

自由になったはずの夜が、気づけばもう終わっている。

「お父さん、しんどくない?」と聞けない

娘として、たまにそれを見ていると、胸が痛くなる。

「お父さん、しんどくない?」と聞きたい。でも聞けない。聞いたら、父が「しんどい」と認めてしまうような気がして。それよりも「大丈夫だよ」と笑ってほしいような、でも本当のことを話してほしいような、複雑な気持ちになる。

父は弱音を吐かない。だから余計に、その背中が気になる。

一人で抱えすぎていないか、と思うとき

認知症の介護は、「大変な瞬間」だけでなく、こういう「じわじわとした日常」がしんどい。特別に何かがあったわけじゃない。でも毎日、少しずつ削られていく。

父のような、在宅で一人で介護している人が、もう少し休める仕組みがあればいいと思う。デイサービスはその一つだけど、送り出すまでの準備も、帰ってきてからの対応も、全部父がやっている。

「介護している家族も、誰かに頼っていい」——そう思えるようになるまで、私自身も時間がかかった。

📋 介護保険外のサービスについて、まず相談してみる

デイサービスだけではカバーできない時間帯の付き添いや家事サポートは、介護保険外のサービスで対応できることがあります。「こんなこと頼めるの?」という小さな疑問も、気軽に相談してみてください。

▶ 介護保険外の訪問介護・通院付き添いなら「イチロウ」に無料相談(完全無料)

父の一日を思い浮かべながら、私はそう思っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました
このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。