認知症の母は、服の着方がわからなくなることがある。
上着もズボンも、そろって後ろ前に着ていた日がある。ブラトップを手に、「やり方がわからない」と言った日もある。
でも、全部ができなくなったわけではない。ひと声かければ、母は自分で着られる。母自身が、そう言った。
「サポートしてもらえれば、自分でできるのよ」
この記事では、母の着替えのつまずきと、うちの手伝い方、調べてわかったことを書く。
タンスの服を全部出してしまう話は、認知症の母がタンスの服を全部出してしまう——服の収納と整理、片付けても戻る理由と、わが家のやり方に書いた。
上着もズボンも、きれいに後ろ前だった
ある日、実家に着くと、母はお風呂から上がったところだった。私が2階を片付けていると、下から呼ばれた。
行ってみると、上着もズボンも、きれいに後ろ前だった。
「お母さん、反対だよ」
そう言って、直すのを手伝った。
新しいTシャツを渡すと、母は「それは着ていたものだ」と言う。匂いを確かめて「大丈夫、新しいのだよ」と渡し直すと、今度は裏返しにして着ようとした。
偶然なら、ちゃんと着られる日もあるはず
このとき、ふと思った。
まちがえるだけなら、たまたま合っている日もあるはずだ。でも母は、上も下も、そろって反対になる。
適当にまちがえているのではなく、まちがえ方に「型」がある。脳の中で、どこか一か所がうまくつながらなくなっているような、そんな感じがした。
母は、自分でわかっていた
別の日には、ブラトップを手に「やり方がわからない」と言った。ワンピースも「どう着ていいかわからない」。
でも、私が手を出さずに「こうすればいいんだよ」と声をかけると、母は自分で着られた。
「ほら、できた」
そう言うと、母はこう返した。
「サポートしてもらえれば、自分でできるのよ」
本人がいちばん正確に、自分のことをわかっている。
「そうだよね。サポートしてもらえばいいじゃない」と私が言うと、母は「お父さんに?」と聞き返した。
手伝ってもらう相手は、誰でもいいわけではないらしい。父には父の手伝い方があって、母には母の受け取り方がある。そこは、夫婦のことなのだと思う。
デイで、ひと声かけてもらえたら
そのとき私は、「デイのときにお風呂も入ってくればいいのに」と言った。
私が実家にいるときなら、私が手伝う。でも母は、私が来るのを待っていられない。入りたいときに、ひとりで入ってしまう。
だから、週に2回のデイで洗ってきてもらえたら、と思った。スタッフさんに「シャンプーしましょうか」とひと声かけてもらえれば、母はきっとできる。それで清潔は保てる。
あとの日は、自分でやればいい。髪を洗わなくても、シャワーを浴びたり、湯船につかったりするだけで十分だ。
母は黙っていた。いいとも、嫌だとも言わなかった。
全部ができなくなったわけではない。つまずくのは、最初の一歩と、服の向きを合わせるところだけ。そこを、ひと声で支えてもらえれば、母はまだ自分でできる。
調べてわかったこと——答え合わせ
「服を着る」ことが難しくなる症状がある
認知症の症状の中に「失行(しっこう)」というものがある。
公益財団法人長寿科学振興財団の「健康長寿ネット」では、失行についてこう説明されている。
失行は、「お茶を入れる」、「服を着る」、「スプーンを使ってご飯を食べる」など日常的に行っていた動作や物の操作が運動機能の障害がないにもかかわらず行えなくなります。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
手も足も動くのに、服が着られない。母の後ろ前は、まさにこれだと思う。
「服の向き」を合わせることが難しくなる
着替えの難しさについては、作業療法の分野で研究がある。
脳の病気で着替えが難しくなった方の事例研究では、体の部分や服の部分そのものはわかっているのに、服の向きを体に合わせることがうまくいかず、服を後ろ前に着てしまうことが報告されている。着替えの手順を細かく分けて、言葉と身ぶりで伝える練習をしたところ、改善が見られたという。
(出典:及川奈美ほか「着衣失行例に対する訓練効果の分析—衣服の方向づけの障害に対する着衣手順の訓練」『作業療法』20巻3号、2001年/要旨)
※これは認知症ではなく、脳の別の病気の方の事例。それでも、「服はわかるのに、向きが合わない」という姿は、母とよく似ている。
なぜ毎回そろって反対になるのか。目の前に置かれた服を、その向きのまま着てしまうからではないか——というのは、私がそう思っているだけで、はっきり書かれた資料は見つけられなかった。
家族ができること
米国のアルツハイマー病協会(Alzheimer’s Association)は、着替えの手伝い方として、こう書いている。
着る順番に衣服をそれぞれ並べます。
例えば「服を着て」ではなく「シャツを着て」というような、短く簡潔な指示と共に衣服を一度に一種類ずつ手渡します。
相手を急がせてはいけません。
(出典:Alzheimer’s Association「着衣」日本語版)
私が向きをそろえて渡したり、ひと声かけたりしていたのは、たまたまだった。でも、やり方としては合っていたらしい。
うちの着替えの手伝い方
- 手を出さずに、「こうすればいいんだよ」と声をかける
- 服の向きをそろえてから渡す
- 新しい服を「着ていたものだ」と言われたら、匂いを確かめて「大丈夫、新しいのだよ」と渡し直す
- パジャマは、誰が見てもパジャマとわかるものを渡す(お風呂の記事にも書いた)
まとめ——つまずくのは、最初の一歩と、服の向きだけ
母は、服の着方を全部忘れたわけではない。つまずくのは、最初の一歩と、服の向きを合わせるところだけだ。
手を出しすぎない。向きをそろえて渡す。「こうすればいいんだよ」と、ひと声かける。急がせない。
母が言ったとおりだ。サポートしてもらえれば、母は、自分でできる。
お風呂のあとにパジャマを手渡していることは、認知症の母が、お風呂に何度も入る——「さっき入ったよ」は言わずに、パジャマを手渡すに書いた。
📋 着替えの手伝い、家族だけで抱えなくていい
着替えや身の回りの手伝いは、介護保険の範囲だけでは足りないこともあります。介護保険外のサービスなら、家族の都合に合わせて頼めることがあります。
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