夕方の4時ごろになると、母が落ち着かなくなる。
台所に行って、冷蔵庫を開ける。閉める。居間に戻って、また台所へ行く。
「お父さんは何もしない」
「疲れた」
「疲れた」は、もう定番だ。
16時ごろ、母が台所を行ったり来たりする
始まるのは、だいたい16時ごろだ。
怒ることもある。家の中を行ったり来たりして、冷蔵庫を開ける。何かを探しているようにも、何かを決められずにいるようにも見える。
そして、「お父さんは何もしない」と言う。
夕方に荒れた日のことは、「財布はどこ?」で荒れた夕方にも書いた。
薬を変えてから、始まる時間が少し遅くなった
薬を変えてから、夕方のそわそわが始まる時間は、少し遅くなった。
なくなったわけではない。でも、少しうしろにずれた。
主治医に夕方のことを話したかどうかは、私にはわからない。病院には、父が付き添っているからだ。
「配食があるよ」で、母はホッとする
うちでいちばん効くのは、この一言だ。
「今日は配食があるよ」
そう伝えると、母はホッとする。
配食がない日は、私がいれば、冷凍庫を開ける。「◯◯にする?」と聞きながら、一緒に決めて、用意する。
弟が来てくれる日も、母の機嫌はよくなる。
弟は、夕飯を持ってきてくれる。母は、弟が来てくれること自体がうれしいのだと思う。そしてもちろん、持ってきてくれた夕飯も。
夕方の母にとっては、「夜ごはんがある」ことと、「誰かが来てくれる」ことが、同じくらい心強いのかもしれない。
父に考えがある日は、それを伝える。「今日はカレーにしようって、話したよね」。レトルトのカレーだ。
冷蔵庫を開けたり閉めたりしているとき、母が探しているのは、たぶん食べ物ではない。「今日の夜ごはんはどうするのか」という答えなのだと思う。答えが先に見えると、母は落ち着く。
配食を入れたときのことは、配食サービスを入れて変わったことに書いた。
だったら、配食を毎日にしたら?
うちの配食は、平日の3日だけだ。コープデリの配食サービスを使っている。土日と、平日の残りの2日は、自分たちで用意する。
だったら、毎日にしたらどうか。そう思うこともある。
でも、自分たちでなんとか用意する。それが父の考えだ。できるうちは自分たちでやりたい、という気持ちがあるのだと思う。
それに、ごはんは夜だけじゃない。朝も、昼もある。
この前、実家から帰ろうとしたときのことだ。「さようなら」を言って玄関を出るころ、母が「お昼何にしよう」と言った。
靴を履きかけていたけれど、私に言っているのかなと思って、母のところへ戻った。「ラーメンでも作ろうか?」と言うと、母は「お母さんが自分で作る」と言った。
一緒にいた娘が、「ちゃあちゃん、できるの?」と言った。母が気にしたら悪いと思って、私はすぐにカップ麺を渡した。「これにしたら?」
母は同意した。見送ってもらったはずなのに、結局、私がお箸を用意して、お湯を沸かして、お茶を入れて、カップ麺を作ってから帰った。
夜ごはんの答えを置いても、次の「どうしよう」がやってくる。「どうしよう」は、一日に3回やってくる。
🍱 配食がない日の「答え」を、冷凍庫に入れておく
うちの配食は週に3日。それ以外の日は、自分たちで用意している。
夕方の「どうしよう」が来たとき、冷凍庫を開けて「◯◯にする?」と聞ける。その「◯◯」が冷凍庫にあるだけで、答えを先に置きやすくなる。
冷凍のおかずは、今はスーパーでも買える。お弁当のように一食分ずつ入った、冷凍のセットもある。まとめて買っておけば、配食がない日や、お昼の「どうしよう」にも使える。
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※うちが使っているのはコープデリの配食です。ここに挙げたものは、私自身が続けて使ったものではありません。配食がない日の選択肢として挙げています。(広告を含みます)
調べてわかったこと——答え合わせ
夕方の混乱は「夕暮れ症候群」と呼ばれている
アメリカのアルツハイマー病の支援団体(Alzheimer’s Los Angeles)が作った、介護者向けの資料の日本語版を読んだ。そこには、こう書かれていた。
「アルツハイマー病や認知症の人は、夕暮れ時によく混乱を起こしたり、神経質になったりすることがあります。これは、夕暮れ症候群と呼ばれるもので」
同じ資料には、「同じ場所を行ったり来たりします」ともあった。母が台所と居間を行き来するのは、これだった。
「事実ではないことで人を非難したり」とも書かれていた。今は父が台所に立っているのに、母は「お父さんは何もしない」と言う。それも、このひとつなのかもしれない。
そして、こう続いていた。「これらの行動はわざとしているのではなく、認知症の患者はコントロール出来ません」。
「疲れた」は、夕方に出やすい
同じ資料は、認知症の人に見られる傾向として、「午後の遅い時間に、より疲れを感じる」を挙げていた。
母の「疲れた」は、口ぐせではなく、本当に疲れているのだと思う。
落ち着いて安心させる。ダメなら別の方法へ
家族にできることとしては、「落ち着いた態度で安心させる」「この方法がダメなら別の方法へと、柔軟に対応する」などが挙げられていた。
配食の一言。冷凍庫の「◯◯にする?」。父のカレーの話。うちでやってきたのは、やり方を一つに決めずに、母を安心させることだったのだと思う。
(出典:Alzheimer’s Los Angeles「介護者としての心得 夕暮れ症候群について」日本語版、2022年。ワシントン州社会保健福祉局のサイトに掲載)
「やりたくないんだろうな」と思う
夕方の母を見ていて、しんどいとか、辛いとかは思わない。
ただ、「やりたくないんだろうな」と、単純に思う。
母は22歳で結婚した。父の両親と13年同居して、三人の子どもを育てた。父は忙しかったから、母は一人でなんでもしていた。
私たちにお弁当を作って、夕食をしっかり作って、家を整えて。パートにも行って、自分の母に仕送りをして、貯金もしていた。本当に、スーパー主婦だった。
60歳を過ぎたころ、母はよく私に言っていた。3食の準備は、もうしたくない。料理はそんなに好きなわけじゃないし、片付けも面倒くさい、と。
父はセミリタイアしてからも、家でテレワークをして仕事を続けていた。だから毎日、3食が必要だった。その頃の父は、まだ家事をあまり手伝っていなかった。父は父で、仕事を続けることで家を支えていたのだと思う。
今は、父が台所に立っている。父が家事をするようになったころのことは、認知症の始まりは、父が食器を洗いはじめた頃だったに書いた。
夕方になると冷蔵庫を開けてしまうのは、何十年分の夕方を、体が覚えているからなのかもしれない。でも気持ちのほうは、もう台所に立ちたくない。その二つが、夕方にぶつかっているように見える。
長年台所に立ってきた体が夕方を思い出す、という話は、お風呂に何度も入るの記事にも少し書いた。
答えを、先に置いておく
夕方の不穏を、なくすことはできない。
でも、「夜ごはん、どうしよう」の答えを、先に置いておくことはできる。配食があるよ。今日はカレーだよ。冷凍庫の、これにしようか。
誰かが用意して、目の前に置くこと。母にとっての出口は、やっぱりそこにあった(「認知症の母を施設に入れたい」と思った日)。
何十年も夕方の台所に立ってきた人に、今度はこちらが答えを用意する番なのだと思う。
📋 夕方の時間、家族だけで抱えなくていい
夕方の見守りや食事の支度は、介護保険の範囲だけでは足りないこともあります。介護保険外のサービスなら、家族の都合に合わせて頼めることがあります。
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