母が運転免許を返納した話は、前に書いた(→認知症の母が、自分で運転免許を返納した日——「迷惑をかけるよ」では動かなかった)。
決めたのは母本人だった。2024年の夏前のことだ。半年かかった。説得ではなく、回数だった。
あれから、二年が過ぎた。
でも、あの記事には書かなかったことがある。返納したあとのことだ。
「ご褒美ちょうだい」
返納したあと、母はこう言った。
「お金ちょうだい」
「なんかご褒美ちょうだい」
聞いたときは、笑ってしまった。でも今は、筋が通っていると思う。
母は自分で決めて、長く持っていたものを手放した。誰かに取り上げられたのではない。自分で手を離した。だったら、何かあってもいいでしょう——そう言われたら、返す言葉がない。
言っていた相手は、父と弟だった。たぶん、実際に現金をもらっていると思う(笑)。
私には言わない。なぜなのかは、わからない。
誰が乗せるのか
返納したあと、付き添いが家族に乗ってくることは、前の記事にも書いた。
書かなかったのは、その「家族」が誰かということだ。
うちの場合、それは父だった。もう一人の、年をとったほうの親だ。
高齢者の免許返納について書かれているものを読むと、だいたい「家族が送迎しましょう」と書いてある。読むたびに思う。その家族が、同じくらいの年の人だったら、どうするんだろう。
父は、家の中のことを全部やっている(→父の一日——認知症の妻と二人きりで過ごすということ)。洗濯も、料理も。ぎっくり腰になった日も「大丈夫」と言い続けた人だ(→父が限界だったあの日——ぎっくり腰でも「大丈夫」と言い続けた人のこと)。
その父が、今は移動も背負っている。
母が免許を返したぶんを、父が引き受けた。それだけの話だ。誰もそれを問題にしない。
「出かけたい時に出かけられない」
返納して、いちばん困ったのはこれだった。
出かけたい時に、出かけられない。母はそう言って、怒っていた。
イライラの引き金になることもあった。もともと母には、怒りが出やすくなる引き金がいくつかある(→さっきまで、普通だったのに——認知症の母の、怒りの三つの引き金)。そこに、新しい一つが増えた形だった。
先に「夕方行こうね」と言っても、その時間まで待てない(→認知症の親と出かけられない)。だから、出かける話は難しい。
車は、家にある
返納について調べると、よくこう書いてある。「車を処分すれば、運転できなくなります」。
うちでは、それができない。
母専用の車があったわけではないからだ。もともと父の車を、母が運転していた。返納したのは母の免許であって、車のほうは父がこれからも使う。
だから、車は今も家の前にある。鍵も家の中にある。
母がときどき鍵を持つことは、前の記事にも書いた(→認知症の母が、自分で運転免許を返納した日——「迷惑をかけるよ」では動かなかった)。それで私は、父に言った。鍵は父が持っておいてほしい、と。
隠すのではなく、持つ人を決める。うちでは、そのほうがうまくいくことが多い(→父がいない夜、母はずっと怒っていた。——それでも、テーブルを整えたら落ち着いた話。)。
夫婦でも兄弟でも、一台の車を二人で使っている家は多いと思う。その家では、片方が返納しても車は残る。「処分しましょう」は、たぶん使えない。
自転車という、二段目
母には、もう一つ移動手段があった。自転車だ。
免許を返す前から、ずっと使っていた。通勤が自転車だった。電動アシストの付いたものを買って、それで毎日走っていた。
返納したあとも、母はそれで出かけていた。
そのあいだに、母は二回、手を骨折した。
一度目は、指だった。機嫌が悪いときに、重い防音サッシを閉めて、自分の指を挟んだ。もともと母は、腹を立てると扉やサッシをバタンと閉める人だった。あれのひどい版が起きた、という感じだった。
二度目は、雪の日に転んで、手首を折った(→認知症の母が骨折した。介護が一段階重くなった日)。
骨折しているあいだは、当然、自転車には乗れない。
乗れる時期が戻ってきても、前と同じではなかった。道がわからなくなる。自転車を置いて帰ってくることもあった。
そして、だんだん乗らなくなった。
急にやめたのではない。やめた日というものが、ない。
免許には返した日がある。書類を出して、証明書をもらった日だ。でも自転車には、それがなかった。
気がついたら、母は乗っていなかった。
こうして並べると、母の移動手段は、一段ずつ減っていた。
車を返した。自転車は、いつのまにか消えた。今は、父の運転か、歩きだ。
免許返納は、最後の一歩ではなかった。一段目だった。
調べてわかったこと——答え合わせ
運転をやめることが体にどう関わるのか、調べてみた。
国立長寿医療研究センターの資料には、こう書かれていた。「運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になる危険性が約8倍に上昇することが明らかになりました」。認知症についても、「運転をしていた高齢者は運転をしていなかった高齢者に対して、認知症のリスクが約4割減少することが分かりました」とある(→国立長寿医療研究センター「運転中止による弊害」)。
数字の大きさに、少しひやりとした。
ただ、同じことを調べた別の研究に、続きがあった。筑波大学の市川政雄教授らの研究では、「運転をやめた人は運転を続けている人と比べ、要介護認定のリスクが約2倍に上っていました」としたうえで、こう書かれている。「運転をやめても公共交通機関や自転車を利用している人はそのリスクが約1.7倍に抑えられていました」(→京都大学 社会疫学分野「論文出版:運転中止で要介護認定のリスクが2倍」)。
つまり、問題は「運転をやめたこと」そのものだけではないらしい。やめたあとに、動く手段が残っているかどうかのほうだった。
うちの母は、自転車も乗らなくなった。
そう考えると、返納の日よりも、自転車が消えていった時間のほうが、実は大きかったのかもしれない。誰も止めていないし、区切りもなかった、あの時間のほうが。
「迷惑をかけなくてよかった」
返納してからしばらくして、母はこう言った。
「事故を起こして、迷惑をかけるとかしなくてよかった」
返納の話をしていた半年のあいだ、家族はこの言い方をしなかった。他人に迷惑をかけるから、とは言わないようにしていた。それを言うと母が傷つくのが分かっていたからだ。真面目に生きてきた人に、迷惑をかける側になるという言い方はしたくなかった(→認知症の母が、自分で運転免許を返納した日——「迷惑をかけるよ」では動かなかった)。
だから、この言葉は母のほうから出てきたものだった。
ただし、いつもそう言うわけではない。機嫌が悪い日に同じ話をすると、まったく逆のことを言う。
「そんなの関係ない!」
迷惑をかけるとか、かけないとか、そんなことは知らない、という言い方だ。
どっちが本当なんだろう、と考えたことがある。今は、最初のほうが本心だと思っている。前の母なら、絶対にそうしたいと思う人だったから。
同じ人の中に、両方ある。片方だけを書くと、きれいすぎる話になってしまう。
今、母は「怖い」と言う
返納するまで、半年かかった。あれだけ渋っていた。返納したあとも、出かけられないと怒っていた。
その母が、今はこう言う。
「怖い」
自分が運転するのが怖い、と。
誰も説得していない。あとから、母の中に来た。
説得して分からせることは、たぶん最初からできなかった。できたのは、その日が来るまでのあいだ、事故が起きないようにしておくことだけだった。
※この記事は、認知症の母を介護している家族としての体験と、調べたことをもとに書いています。制度や支援の内容は地域によって違います。運転や返納について迷うことがあれば、主治医やケアマネジャー、地域包括支援センターに相談してみてください。

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