母の頭から、少し酸っぱいような匂いがした。
「ちゃんと洗えてるよ」と本人は言う。でも、背中も頭も、自分では確認できない場所が、洗えていない。
私は娘として、このままでいいのか、ずっと考えている。
母はお風呂に「入れない」のではなく、「入りたくない」
母はアルツハイマー型認知症と診断されて、もう何年も経つ。日常生活の多くのことが少しずつできなくなってきている中で、入浴だけは「自分でできる」と強く主張する。
実際、できる。シャワーも使えるし、体を洗う動作もわかっている。だから余計に難しい。
問題は、面倒だと思っていることだ。
「今日はいい」「後でやる」「さっきやった」——そう言って、気づいたら何日も経っている。
私がたまに実家に帰ったとき、さりげなく手伝おうとすると、怒らせてしまう。一度は、洋服を着たままお湯をかけられた。石鹸を投げられたこともある。
上手く誘導すれば入ってくれることもある。でも毎日そばにいられるわけじゃない。私は離れて暮らしていて、仕事もある。
デイサービスの入浴サービスを勧めてみた
ケアマネさんから、デイサービスで有料の入浴サービスがあると聞いた。予約制で、タオルなどを事前に預けておけば、母が気づかないうちに自然な流れで入浴できる仕組みだという。
「これだ」と思った。母に直接「お風呂に入りなさい」と言うから揉める。外でさりげなくやってもらえれば、本人も傷つかないし、清潔も保てる。
父に話した。3回話した。
答えはすべて、NOだった。
父の答えは「知らない人にやってもらうのはかわいそう」
父の言葉は、こうだった。
「知らない人にやってもらうのはかわいそうだ」
私はその言葉を聞いて、何も言えなくなった。
間違っていない。父は母のことを思っている。長年連れ添ってきた妻に、見ず知らずの人に体を洗ってもらわせることへの抵抗感は、愛情から来ている。
でも一方で、私は思う。
今の状態が「かわいそうじゃない」とは言えるだろうか、と。
不潔になっていくこと。自分では気づけないこと。それも、かわいそうじゃないか。
父がNOと言う、もうひとつの理由
ケアマネさんに相談すると、こう言われた。
「お父様がNOと言っている以上、なかなか進められないんです」
法的にも、同居している家族(父)の意向は大きい。私がいくら声を上げても、実際に毎日そばにいるのは父で、ケアマネも父の判断を尊重する。
でも、父の本当の気持ちも、少しわかる気がする。
新しいことを始めると、母が不安定になる。環境の変化に敏感な認知症の人は、慣れないことで混乱しやすい。そしてその矛先は、いつも一番近くにいる父に向かう。
父にとって、「何もしない」は怠慢ではなく、毎日の平和を守るための選択なのだ。
「なるようになる」
父の口癖だ。私にはその言葉が、諦めに聞こえることもある。でも、最前線で母と向き合っている父の言葉として聞くと、その重さが違う。
私にできることは何か、まだ答えが出ない
今日も、母は「自分でやった」と言っている。
私は仕事中に、ふとそれを思い出す。ちゃんと洗えてるかな。不潔になってないかな。かわいそうじゃないかな。
娘として、放置していいのか。でも、父の意向を無視して動くことも、家族のバランスを崩す。
正解がわからない。
ただ、同じように「わかってるのに動けない」と感じている介護家族の方に、この話を読んで少し楽になってほしいと思って書いた。あなただけじゃない。私もまだ、答えを探している途中だ。
その後——デイのお風呂は、今も進んでいない
この記事を書いてから、何か月かたった。
母は今、週に2回デイに通っている。
私は「デイのときに、お風呂も入ってくればいいのに」と、母にも言ってみた。デイで週に2回洗ってもらえれば、それで清潔は保てる。あとの日は、自分でシャワーを浴びたり、湯船につかったりするだけで十分だ。
母は黙っていた。いいとも、嫌だとも言わなかった。
父にも、何度か言った。父の答えは「しなくてもいい」。
父が今どう考えているのか、本当のところは私にもよくわからない。でも、毎日そばにいるのは父だ。だから、それ以上は言えない。
お風呂は、昼の2時から始まる
デイのことは進まない。そのかわり、家のお風呂は毎日ある。
母の一日は、だいたい決まっている。昼ごはんを食べて、すぐに犬の散歩。そして、お風呂。早い日は、昼の2時くらいからお風呂の話が始まる。
両親は二人暮らしになってから、寒い時期は2日に1度、湯船。夏は毎日シャワー。そういうやり方でやってきた。
でも母は、日によって言うことが違う。
冬でも毎日入ろうとする日がある。父がそれを指摘すると、母が怒る。
かと思えば、「昨日入ったから、今日は入らない!」と言う日もある。実際には、昨日は入っていない。
面倒になると、「入らない」になる日もある。
お風呂から上がってきても、髪を洗った様子がないこともある。でも、それを言えば、もちろん地雷になる。
お湯を張って、シャワーで終わる
母は、早い時間に湯船にお湯を入れる。
それなのに、結局入らずに、シャワーだけで済ませてしまう。
張ったお湯は、そのまま残る。父は、そこでイラッとしてしまう。
父の言い分は「風呂掃除」だった
私は、毎日入ってもいいじゃないか、と思う。本人が入りたいのなら、入ればいい。
父に言うと、こう返ってきた。
「毎日入るなら、毎日(お風呂を)洗わなきゃいけない」
お風呂の問題は、母が入るかどうかだけではなかった。母が毎日入るなら、父が毎日お風呂を洗うことになる。その問題でもあった。
今は、スプレーして流すだけの浴室用の洗剤もある。毎日しっかりこすらなくても大丈夫だよ、と言ってみた。
それでも父は「手は抜けない」と言う。
父は腰も悪い。それでも毎日浴槽を洗うのは、辛いだろうと思う。
調べてわかったこと——答え合わせ
「2日に1度」を覚えていられない
健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)では、認知症の記憶障害について、こう説明されている。
新しいことを覚えられなくなり、さっき聞いたこと、したことを記憶することが難しくなります。
また、時間の感覚がわからなくなる「見当識障害」では、「予定通りに行動することができない」ことがみられるという。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
「昨日入ったから」と言う日も、冬に毎日入ろうとする日も、根っこは同じなのだと思う。昨日入ったかどうか。今日は入る日か、入らない日か。母にとっては、それを覚えておくこと自体が難しい。
食べたのに「食べていない」と言うことは前に書いた(認知症の母が「ごはん食べてない」と言う)。お風呂では、それが逆向きにも起きる。入っていないのに「入った」になる。
昼の2時にお湯を張るのも、母の中では「お風呂の準備をしなきゃ」が先に来ているのかもしれない。これは私の想像で、はっきり書かれた資料は見つけられなかった。
冬の湯船には、別の心配もある
寒い時期のお風呂には、高齢者ならではの危険がある。健康長寿ネットでは、ヒートショックについてこう書かれている。
急激な温度の変化によって血圧が大きく変動するなど、身体に大きな負荷がかかることで起こり、失神、不整脈などの症状が見られます
予防のめやすとして、
湯温は41度以下を目安に、お湯につかる時間は10分以内を目安
とされている。入浴前に脱衣所や浴室を暖めておくこと、ひとりで入るときは家族が声をかけることもすすめられている。
(出典:健康長寿ネット「高齢者の入浴事故 ヒートショック対策と予防」)
毎日入りたい母と、冬の湯船を心配する気持ち。どちらも、間違ってはいない。
お風呂は、入るかどうかだけの話じゃなかった
母は、お風呂に入りたい。
父は、お風呂を洗わなきゃいけない。腰が痛くても、手は抜けない。
私は、毎日入らせてあげたいと思う。でも、毎日洗うのは私ではない。
デイで入ってきてくれたら、全部がうまく回るのに、と今でも思う。でも、そうはならない。
5月にこの記事を書いたとき、私は「正解がわからない」と書いた。今も、わからないままだ。
ただ、お風呂でもめているのは、誰かが悪いからではない。それだけは、前よりはっきりわかるようになった。
母のお風呂の手伝いも、父のお風呂掃除も、うちは家族だけで抱えている。介護保険では補いきれない部分を、自費で頼める訪問介護サービスもある。「イチロウ」は、入浴の介護やお風呂場の掃除も頼める(公式サイトでは、関東で1時間2,900円・税抜から。2026年10月時点)。うちはまだ使っていないけれど、こういう頼み先があることは、知っておいていいと思う。


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