母が席を立ったわずかな時間に、弟が言った。
「お母さんの世界を理解できるのは、やっぱりプロだと思う。」
週に3日、夕飯の配食がある。
それ以外の日は、弟が夕ごはんを買ってきてくれることが多い。
約束はしていない。でも、なんとなくそうなっている。
母は、末っ子の弟が来ると、本当に嬉しそうにする。
お弁当も、たぶん嬉しいんだと思う。
私も、来られる時は来ている。
デイサービスのない日、時間が合えば。
たまに、弟と時間が重なる。
そういう時は、少し本音も混ぜられる。
私の子どもたち(父にとっては孫)がいない夜は、特に。
母の機嫌を損ねても、弟がいればリカバリできる可能性が高いから。
母が席を立った、わずかな時間に。
その夜も、そんな夜だった。
母がふと席を立った。
トイレか、何かを取りに行ったのか。
その数秒の隙に、弟が言った。
「お母さんの世界を理解できるのは、やっぱりプロだと思う。
私たちでは、役不足なんよ。」
父は、黙っていた。
……という感じだった。
諦め、みたいな空気もあった。
でも同時に、こんな気持ちもあったと思う。
人に頼むなんて——。
それに、お母さんだって嫌がるだろう。
父は、ずっとそう思って生きてきた人だ。
家のことは、家族でやる。
他人に任せるのは、迷惑をかけることだ——そういう世代だから。
お風呂のこと。
弟が言いたかったのは、こういうことだと思う。
今は、一人でなんとかお風呂に入れている。
でも、ちゃんと洗えていない。
髪を洗えていない日もある。
父が手伝おうとすると、大変なことになる。
「なんでそんなことされないといけないんだ」となる。
じゃあ私が来る日まで待てばいいか、というと、それも違う。
母は、「次に私が来る日まで待って入ろう」とはならない。
そういう段取りを、今の母に求めるのは難しい。
父でも無理。
私でも無理。
でも、プロのヘルパーさんには、すんなり体を預ける人もいる。
「他人だから」じゃなくて、「プロの関わり方があるから」なんだと思う。
信頼関係の作り方が、家族とは全然違う。
私たちの世界と、母の世界は違う。
認知症が進むと、少しずつ、住んでいる世界がずれていく。
私たちは「昨日のこと」「明日の予定」「正しいこと」で会話する。
でも母の世界には、今この瞬間しかない。
「お弁当は夜のやつだよ」と言われても、
母の中では昼の話をしていたのかもしれない。
私たちが母の世界に合わせないといけない。
母が私たちの世界を理解するのは、もう難しいから。
それが「できるかどうか」じゃなくて、
「そういう病気だから」なんだと、頭ではわかっている。
でも、24時間一緒にいる父に、それを求め続けるのは、しんどい。
だから、プロに頼むのは「あきらめ」じゃない。
弟の言葉を聞いて、私はそう思った。
家族には家族の限界がある。
愛情があっても、できないことはある。
「お母さんが嫌がる」というのも、わかる。
でも、家族だから嫌がる、ということもある。
プロが関わることで、逆に穏やかになることも、あるんだと思う。
「母の世界」を理解して、そこに入っていけるのは、訓練を積んだ人たちだ。
ヘルパーさん。デイサービスのスタッフ。特養の介護士。
頼むことは、逃げじゃない。
人に迷惑をかけることでもない。
母のために、ちゃんと考えた結論だと思う。
父にも、そう思ってほしい。
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