朝、母にデイサービスの日だと伝えると、決まってこうなる。
「行かない」
プイッと顔をそむけて、ものをガシャンと置く。扉を激しく閉める。「なんで行かなきゃいけないの」「もう行かない!」
でも、迎えのピンポーンが鳴ると——
何事もなかったかのように、バッグを持って玄関へ向かう。
あの落差が、在宅介護のリアルだと思う。
特養の申請を、父はなかなか動こうとしない
理由は聞かなくてもわかる。
「申請したこと、お母さんが知ったら大変なことになる」
父の言葉は正しい。母は怒るだろう。
「ここが私の家なのに!」
「今まで散々家のことをしてきたのに、この仕打ち。情けない」
それをぶつけられるのは、24時間そばにいるお父さんだ。
でも、私が父に伝えたいことがある
申請は、黙ってできる。
本人に話す必要はない。家族が、こっそり動いていい。
そして申請は、入居決定じゃない。
順番が来たとき、断ることもできる。断ればまた順番待ちに戻るだけだ。
「今じゃない」と思ったら、そのとき断ればいい。
では、なぜ今申請するのか
先日、ケアマネさんから教えてもらった。
要介護4の方でも、4年待っているケースがある、と。
特養は、申し込んだ瞬間に入れるわけじゃない。数年先の「いざというとき」のために、今動いておく場所だ。
父が倒れてからでは、遅い
母の攻撃性が今より激しくなってからでは、遅い。
お父さんが「もう限界」と言ってからでは、遅いかもしれない。
特養の申請は、お母さんを捨てることじゃない。
お父さんが限界を迎える前に、選択肢を持っておくこと。それだけだと思っている。
「選択肢を持っておく」ためには、特養の申請と並行して、民間施設の情報も先に集めておくと、いざという時に慌てずにすみます。
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笑顔で暮らせる住まいがきっと見つかる【いい介護】父は、渋っているわけじゃない
誤解のないように書いておきたい。父は、面倒だから動かないのではない。
父はたぶん、自分でできるところまでやるつもりでいる。母のことは自分が引き受ける、と決めている。だから、外に預ける前提の手続きが、今の自分に必要なものだと思っていない。
聞くと、父はこう言う。
「なるようになるさ」
投げやりで言っているのではないと思う。この人なりの、腹のくくり方なのだと思う。
でも私と弟は、こう思っている。——でも、できないでしょう。
この温度差は、たぶんどこの家にもある
父は父で本気だ。子は子で、本気で心配している。どちらも間違っていない。だからこそ、話が進まない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。温度差を抱えたまま何も決めずにいると、決める日は「倒れた日」になる。
その日は、選ぶ日ではない。選ばされる日だ。空いている場所に、空いているタイミングで入るしかなくなる。地域も、費用も、雰囲気も、選べない。
だから申請は、父の覚悟を否定する手続きではないと思っている。父が「できるところまで」を続けるための、保険のようなものだ。うちが要介護1の段階で申請に動いた理由も、そこにある(父が倒れる前に動きたい。要介護1でも、特養の申請をすすめた理由)。
ちなみに、この温度差は特養だけの話ではない。食事も同じで、私は「ご飯も配食にすればいい」と思っているけれど、両親は「ご飯くらいは自分たちで」と考えている(配食サービスを入れて変わったこと——おかずだけ頼む、うちのやり方)。どちらが正しいという話ではないのだと思う。
申請は、取り消せる
申請をためらう人がいちばん気にするのは、たぶんここだと思う。一度申し込んだら、もう後戻りできないのではないか。
でも、そうではない。
特養の申し込みは、入居の決定ではない。順番が回ってきたときに「今回は見送ります」と伝えることもできるし、申し込み自体を取り下げることもできる。断ったからといって、家族が責められることもない。
※ただし、辞退したあとの扱い(そのまま待機に残るのか、申し込みし直しになるのか)は自治体や施設によって違う。申し込むときに、その一点だけ確認しておくと安心だと思う。
つまり申請は、「今決めること」ではなく「今、選択肢を持っておくこと」。それだけのことだ。
順番は、申し込んだ順ではないらしい
もうひとつ、知っておくと気が楽になったことがある。
特養の入居順は、早く申し込んだ人から順番、ではない。多くの施設では、要介護度・介護している家族の状況・自宅で暮らし続けることの難しさなどを見て、必要度の高い人から順に決められている。
だから「まだ早いから、うちが申し込むと誰かの迷惑になるのでは」と遠慮しなくていい。早く出したから割り込むわけでもないし、遅れて出したから不利になるわけでもない。
ある家庭では、申し込みから10年が経っていた。その間に本人の状態が悪くなり、娘さんが自宅に引き取って介護するようになって、入居先が決まったのは、その途中だったという。
必要度で決まるということは、裏を返せば、状況が変わらないうちは順番が来にくいということでもある。
だからこそ、申請だけは先に出しておく。悪くなってから慌てて出したのでは、そこから並ぶことになる。元気なうちに出しても、順番はすぐには来ない。来ないけれど、列には並んでいる。いざという日に、列の外にいるか、中にいるか。その差だけだと思っている。
ただ、順番を待つ時間そのものは長い。うちの場合も、その「空白の期間」をどう過ごすかを別に考える必要があった(特養の順番待ち、その間どうする?——申し込んでからの「空白の期間」を埋める選択肢)。
最後に
デイサービスのあの朝のことを、私はよく思い出す。
「行かない!」と怒っていた母が、ピンポーンでスッと行く。
お母さんは、慣れればちゃんと行ける。
新しい環境を、怖がっているだけかもしれない。
それは、私たちも同じかもしれない。
変化を怖がっているのは——お父さんも、私も、お母さんも、みんな同じなんだと思う。
特養の空きを待つあいだ、家族だけでは回らない日もある。介護保険では補いきれない部分を、自費で頼める訪問介護サービスもある。「イチロウ」は、通院の付き添いや見守り、家事の手伝いなども頼める。うちはまだ使っていないけれど、頼み先のひとつとして知っておいていいと思う。
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