「いくらなの?」
母から電話がかかってきた。
娘の制服代のことだった。
10万円近くかかると話したら、母は言った。
「払ってあげるから安心して。いくら?」
少し、肩の荷が下りた気がした。
でも翌日、また電話がかかってきた。
「いくらなの?払ってあげるから」
……あれ。昨日も同じ電話をくれたよね。
それから何度も、同じ電話がきた。
そのたびに「ありがとう」と答えた。
そのたびに「安心してね」と言われた。
いざとなったら、「払わないわよ」と言われた
ある日、母と父と3人でいるとき、父がさりげなく言った。
「制服代、お母さんが出してくれるんだよね」
母の表情が変わった。
「誰が?」
「お母さんが」
「……何言ってるの。そんなの払わないわよ」
父が苦笑いをした。
母はその日、少し機嫌が悪かった。
地雷になりそうで、私はすかさず話題を変えた。
あんなに何度も「安心して」と言ってくれた母が、まるで他人事のように言った。
悔しいとか、悲しいとか、そういう言葉じゃ足りなかった。
後日、父から聞かれた。
「お金、大丈夫なの?」
「大丈夫」と答えた。
大丈夫じゃなかったけど、そう答えた。
「お金に汚いのでは」と思ってしまった
正直に書く。
父から、そういう言葉を聞かされる日が続いていた。
私からそんな言葉は出てこない。
でも毎日聞かされていると、ふと思ってしまった。
もしかして、お母さんの方なんじゃないか、と。
そう思ってしまった自分が、嫌だった。
でも、そういう人じゃなかった
母はもともと、太っ腹な人だった。
家族が困れば真っ先にお金を出した。
食事に行けばいつも払った。
お金を貸すこともあった。返ってこなくても、また貸した。
それが母だった。
だから「意地悪な人」だとは思っていない。
ただ、悲しい。
幼少期の話
母は、お金のない家庭で育った。
子どもの頃ずっと苦労していたと、聞いたことがある。
そのことを思うと、少しわかる気がした。
貧しかった記憶は、深いところに刻まれる。
「お金は怖いもの」「なくなったら終わり」という感覚が、長い年月をかけて染み込んでいく。
表では「太っ腹な自分」でいたかった。
それが母のプライドだったんだと思う。
でも深いところには、ずっとお金への不安があった。
認知症になると、そのブレーキが外れる
認知症が進むと、脳の「実行機能」が低下していく。
実行機能とは、やりたいことを実際の行動に移す力のこと。「銀行に行く→お金を出す→渡す」という複数のステップをつなげる力が、少しずつ失われていく。
だから「払ってあげたい」という気持ちはあっても、行動につながらない。気持ちと体が、もうつながらないのだ。
さらに認知症では、長年理性で抑えていた感情が表に出やすくなることがある。幼少期から刻まれたお金への不安。太っ腹でいることで、ずっと抑えてきたその感情が、病気が進むにつれて出てくることがある。
「払ってあげる」← 本当にそう思っていた気持ち
「払わないわよ」← 深層にあったお金への不安が、抑制なく出てきた
医学的に言えば、どちらも「母の中にあったもの」だ。
病気がなければ、後者は表に出なかったかもしれない。
でも、なかったわけでもない。
だから私は思う。
どちらも、本物の母だった。
母は嘘をついていたわけじゃない
払ってあげたいという気持ちは、本物の母だった。
払えなかったのは、病気だった。
嘘をついていたわけじゃない。
忘れていたわけでもない。
ただ、気持ちと体が、もうつながらなかった。
母はきっと、本当に払ってあげたかったんだと思う。
だから悲しい。
怒れないから、余計に悲しい。
同じような経験をした方がいたら、あなただけじゃないよと伝えたくて書きました。
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