財布がない、と母が騒ぎ始める。
「誰かに盗られた」ではなく、「どこかにやった」という感じで。でも本人は覚えていないから、探しても探しても見つからなくて、だんだん大騒ぎになっていく。
介護をしている人なら、この場面を何度も経験しているんじゃないだろうか。
お金やものが「消える」。それは認知症介護の、地味にしんどいあるあるのひとつだ。
なぜ認知症の親はお金やものを隠すのか
隠すのは、意地悪でも嫌がらせでもない。
認知症が進むと、直前の記憶が抜け落ちていく。「大切なものをしまった」という行動は残っていても、「どこにしまったか」がすっぽり消えてしまう。だから本人も本気で「ない」と思っている。盗られたと感じることもある。
ただ、「大切なものを守りたい」という感覚は、かなり後まで残る。お金やアクセサリーを隠すのは、その感覚が働いているからだと思う。悪意じゃなくて、必死さだ。
わかっていても、振り回されるのはきつい。
母が隠していた場所——実際に見つけた3か所
うちの母が使っていた隠し場所は、だいたい決まっていた。
ベッドのマットレスの間。
持ち上げると、お札や通帳が挟まっていることがあった。本人にとっては「金庫」のつもりだったんだと思う。
枕の下。
寝ながら手が届く場所に置いておきたかったのかもしれない。夜中に何度も確認していたのかもしれない。
化粧ポーチの中。
これが一番意外だった。母の探し物を一緒に探していたとき、ポーチを開けたら札束が入っていた。そのままにしておいた。次に同じポーチを見たときには、もうなかった。どこへ行ったのか、今でもわからない。
100万円がどこかへいった話
私たちが家を購入したとき、母が大騒ぎをした。
「私にもお金をくれ」と。
父がなだめながら、100万円を渡した。その場面を私は見ていた。
そのお金は、その後どこかへ消えた。
父は笑いながら「家のどこかにあるよ」と言っていた。もしかしたらあのポーチの中身がそうだったのかもしれないし、違うのかもしれない。確かめる術はない。
母のキャッシュカードもよく消えた。私が付き合っただけで5回は再発行している。通帳も同じ。今は父が管理しているけれど、それはそれで別の問題を生んだ。
「私のものよ」と言い張られた日のこと
お金よりも、こちらのほうが深く刺さった。
母から譲り受けたアクセサリーをつけていくと、「それは私のよ」と言われる。「お母さんからもらったんだよ」と言っても、「そんなはずない」と言い張る。何度も返した。そのまま返してしまったものも、いくつかある。
一番つらかったのは、18歳のときに母が買ってくれたペンダントをしていったときだ。
「それは私のよ」と言われた。「お母さんが買ってくれたんだよ」と伝えたら、「そんな高価なもの、私が買うはずがない」と。
ずっと大切にしてきたから、余計に悲しかった。
でも否定してはいけないことは、経験上わかっていた。「今度返すね」と言って話を変えて、その場を乗り切った。席を外したタイミングでこっそり外して、バッグの中にしまった。
それから、大切なものは最初からつけていかないようにした。
「汚い男だ」と詰られるお父さんのこと
通帳もカードも、今は父が管理している。
本人も合意した上でのことだ。でも母はそれを忘れる。「お金を取られた」「汚い男だ」と父を詰ることがある。
父は笑って受け流しているけれど、毎日続けばさすがにきつい。合意したのに、何度も疑われる。それが積み重なっていく。
管理する側にも、消耗がある。
ものを投げたり、大騒ぎしたり——でも、半年で落ち着いた
あのころは激しかった。
お金の話になると、ものを投げることもあった。大声で騒ぐことも。それが何度も繰り返された。
でも、半年ほどで落ち着いた。
今はもう、あまり言わなくなった。
あの日々はなんだったのだろう、と今でも思う。終わってみれば不思議なくらい静かになった。渦中にいるときは永遠に続くように感じるけれど、そうじゃなかった。
今まさにその渦中にいる人に、それだけは伝えたい。
手元に残ったペンダントとピアス
ペンダントとピアスは、今も手元にある。
何度も危なかった。でも残った。
母が買ってくれたものを、母に渡さずに済んだ。そのことが、なんだか少し、自分を守れた気がしている。
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