認知症の母への母の日——花を届けて、迎えに走って、夜はセブンだった

母の日に、花を買った。

カーネーションじゃなくて、母が好きそうな小ぶりの花束。「これなら喜ぶかな」と思いながら選んで、実家に向かった。

花を届けに行ったら、母がいなかった

インターホンを押しても、返事がない。

鍵を使って入ると、家の中は静かだった。どこにもいない。父に電話すると、「散歩に出た」という。

認知症になってから、母は一人で外に出ることが増えた。行き先は決まっていないことが多い。ただ歩く。それが母の「散歩」だ。

花束を玄関に置いて、手紙を添えた。「お母さんへ。母の日おめでとう。また来るね」と書いた。なんとなく、会えない日の手紙みたいになった。

夕方、母から電話がきた

家に帰ってしばらくすると、母から電話がかかってきた。

「カードがない」という。

「お父さんが預かってくれてるんじゃない?」と返すと、少し間があって——そして話が変わった。「取り上げられた」「ひどい人だ」「一緒にいたくない」。母の言葉は、そのまま父への怒りになっていた。

認知症の人は、怒りや悲しみをそのまま言葉にする。フィルターがない。だから、言われた側はきつい。父がどんな気持ちで電話を受けていたのか、私には想像するしかない。

母が一人で外に出た

電話を切ってしばらくして、父からまた連絡が来た。母がまた外に出た、と。今度は帰ってこない、と。

私はすぐ実家に向かった。途中で娘(母にとっての孫)に電話した。「おばあちゃんと話してみてくれる?」と頼むと、娘がすぐに母に電話した。

不思議なことに、母は孫には素直に話す。私や父には怒ってばかりなのに、孫には「おばあちゃん」の顔になる。娘が「どこにいるの?」と聞くと、母はちゃんと答えた。でも場所が曖昧で、結局見つからなかった。

私と父で手分けして探した。30分ほど経って、父から連絡が来た。「家に帰ってた」と。

よかった、と思う気持ちと、疲れた、という気持ちが同時にきた。

母は花に触れなかった

実家に着くと、朝置いてきた花束が、玄関にそのままあった。

母は花を見ていたかもしれない。でも触っていなかった。手紙も、そのままだった。

デパ地下で買ってきた総菜を「お母さんのために」と置いてきた。食べるかどうかはわからない。でも置かずにはいられなかった。

帰り道、娘が言った。「とうとうお花に触れなかったね」と。

そうだね、と返した。それ以上、言葉が出なかった。

私も母の日なのに

そういえば、と気づいたのは夜になってからだ。

私も母の日だった。娘たちからは、一度もプレゼントをもらったことがない(笑)。

責めているわけじゃない。ただ、ちょっとおかしくて。自分の母の日を完全に忘れて、実家を走り回っていた一日だった。

来年からは、花だけにしよう

母への母の日は、もう「感情を持ち込まない」と決めた。

喜んでくれるかな、とか、一緒に食事できるかな、とか、そういう期待を持つのをやめる。花だけ持っていく。それだけでいい。

触れなくてもいい。覚えていなくてもいい。ただ届ける。それが今の私にできる、母の日の形だと思っている。

来年は、もう少し気楽に行けるといい。

📋 介護のこと、一人で抱え込んでいませんか

「まだそこまでじゃない」と思いながらも、じわじわと負担が増えていく。そんなとき、介護保険の範囲外でも頼れるサービスがあります。

▶ 介護保険外の訪問介護・通院付き添いなら「イチロウ」に無料相談(完全無料)

コメント

タイトルとURLをコピーしました
このサイトはアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。