あの頃の母は、よく怒っていた。
理由がよくわからない怒り方をすることが多かった。お金のこと、食事のこと、父のこと——何かにつけて、ぷりぷりしていた。
当時の私には、理由がわからなかった。実家はお金に困っていなかった。母にも自由になるお金があったし、好きなことができる環境だった。準富裕層と言っていい暮らしだったと思う。
なのに、なぜあんなに怒っていたのだろう。
今なら、少しわかる気がする。
ゴルフのお金で怒っていた
父がゴルフを始めたのは50歳のころ。母の病気が発覚するより前のことだ。
友人たちと回るゴルフ代は、割り勘でちゃんとお金をもらっていた。それでも母は怒った。ETCカードの明細を見て怒った。支払い方法が気に入らないと怒った。
傍から見ていた私は、不思議でたまらなかった。父は趣味のお金を自分で工面していた。実家の家計が苦しいわけでもない。なのに、なぜ。
朝昼晩の食事が嫌で仕方がなかった
父は年金生活に入り、少しだけ自宅で仕事を続けていた。家にいる時間が増えた父のために、母は一日三食の支度をしていた。
それが嫌で仕方がないと、母はよく言っていた。ぷりぷりしながら台所に立っていた。
食後、父が食器洗いを手伝うようになった。でも母はそれでも怒った。「今まで何もしなかったのに、二人分の食器を洗うくらいで恩着せがましい」と。
手伝っても怒られる。手伝わなくても怒られる。父はただ、黙っていた。
晩酌と、赤ワインをシンクに流した日
晩酌が好きだったのは母だった。
お気に入りの赤ワインを、夕食のときに少し飲む。それが母の楽しみだった。でも、飲んだ後の言葉はひどかった。感情の制御が効かなくなるのか、普段より激しくなった。
あるとき父が、飲んだ後の言動を母に指摘した。
母はその場でワインのボトルを持ち、シンクに全部流してしまった。
父が「もったいない」と怒った。母は怒った。
その光景が、今でも頭に残っている。
父は、ただ黙っていた
その頃の父は、言い返さなかった。キレることも、機嫌を取ることもしなかった。ただ黙って、やり過ごしていた。
今の父を見ていると、その姿と重なる。認知症になった母に怒鳴られても怒らない、今の父と。あの頃からずっと、同じ姿勢でいたのだ。
父が変わったのではなく、ずっとそういう人だったのだと思う。
あれは前兆だったのかもしれない
今になって思う。
あの頃の母の怒りは、「お金が心配」でも「家事が大変」でもなかったのかもしれない。何かわからないイライラが先にあって、理由はあとからついてきていた——そういうことだったのではないか。
アルツハイマー型認知症の初期には、前頭葉の機能が低下することがある。感情のコントロールがうまくいかなくなる。些細なことで怒りやすくなる。理由のない不安やイライラが増える。
お酒を飲んでいたから余計に制御が効かなくなっていたのかもしれないし、そもそも前頭葉の変化がすでに始まっていたのかもしれない。
あの赤ワインをシンクに流した日。あれは、何かが壊れ始めていたサインだったのかもしれない、と今の私は思う。
認知症は「振り返って初めて」わかることがある
認知症の診断が出てから「あの頃からそうだったのかも」と気づく家族は、多いと思う。
おかしいと思いながらも、「性格だから」「更年期だから」「疲れているから」と片付けてしまう。当時はそれしかできなかった。
今の私にできることは、あの頃の母を責めないことだ。あの怒りは、母が望んでそうなったわけじゃない。脳の中で、静かに何かが変わり始めていたのだから。
そして、黙って受け止め続けた父のことも、改めて思う。あの頃から、父はずっとそうやって隣にいたのだ。
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