今日、実家の台所に、果物が出しっぱなしになっていた。
お皿も出ている。でも、包丁は出ていない。
母が果物を切ろうとして、途中でやめたのだと思う。面倒になったのか、忘れてしまったのか。それは、私にはわからない。
母好みの、L字型の台所
実家の台所は、ずいぶん前に大がかりなリフォームをしたときに作り直した。母好みの、L字型の素敵なキッチンだ。
コンロは、そのときからIHにしている。母に症状が出るより、ずっと前のことだ。
料理が好きで、手早くパパッと作る人だった。その台所で、母は長いあいだ家族のごはんを作ってきた。
夏は、まだ自分で作っていた
この夏、母が茄子とピーマンとお肉の炒め物を、自分で作っていた日があった。
ただ、母自身も言っていたように、昔のようにパパッとは作れない。弱火で、じっくり炒めていた。味付けは、していないようだった。
「醤油、とってくるね」と私が言うと、母は「いらない」と言った。
味なしで食べるのかな、と思って黙っていたら、少しして母のほうから言った。
「醤油、必要よね」
味付けに迷っている様子だったので、「めんつゆ入れる?それでOKってテレビで言ってたよね」と言うと、母は「そうね」と言った。
そして、私がそばにいるとわかると、母は火をつけたまま、リビングに行ってしまった。
忘れたわけではないと思う。「あとはお願い」と、私にバトンを渡した感じだった。
ラーメンや焼きそばを、自分で作っていた時期もある。野菜の大きさはバラバラで、油も多め。台所は汚れていたけれど、作ろうという気持ちはあった。
「衣をつけた肉」が、そのまま残っていた
9月のはじめのある日、実家に行くと、衣をつけたお肉があった。
母は、トンカツにするつもりだったらしい。でも、そのこと自体を忘れていた。父がそれとなく声をかけても、思い出せない様子だった。
「揚げとくよ〜」と言って、私が揚げた。
お肉を買う。衣をつける。そこまでは、自分でできる。でも、その先が続かない。
ヨーグルトが出しっぱなしになっていることも、珍しくない。食べようとして、途中で忘れてしまうらしい。
「三度三度のご飯が嫌になる」と、母がこぼしたこともあった。
そして最近は、母が火を使おうとすること自体が、まれになった。
今、ごはんはどうしているか
母が料理をしなくなって、毎日のごはんは、家族で回している。
平日の何日かは、コープの配食でおかずを届けてもらっている(配食サービスを入れて変わったことに書いた)。
それ以外の日の夕ごはんは、父が用意している。弟が、お弁当やお惣菜を買ってきてくれることも多い。
私が実家に行ったときは、そこにあるもので何か作る。
不思議なのは、今週は、冷凍庫からお肉が出ている日が多いことだ。火曜日はプルコギのお肉。今日は豚肉。母が、作るつもりで出したのだと思う。
火曜日のプルコギも、今日の豚肉も、私が料理した。
作ろうという気持ちは、まだ母の中にある。お肉を出すところまでは、自分でやる。その先を、家族が引き継いでいる。
うちの台所が、危なくない理由
火をつけたまま離れた日のことを書くと、「危ないのでは」と思われるかもしれない。
正直に言うと、うちでは、火の心配はあまりしていない。理由は3つある。
ひとつめは、IHであること。リフォームのときから、ずっとIHだ。安全装置もついている。
ふたつめは、父がいること。母がひとりで台所に立つ時間は、ほとんどない。
みっつめは、母がもう、あまり料理をしないこと。家事全体が面倒になっていて、火を使おうとすることが少ない。
3つめは、安心していいことなのか、さみしいことなのか、自分でもよくわからない。
調べてわかったこと——答え合わせ
料理は「段取り」のかたまり
健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)では、認知症の「実行機能障害」について、こう説明されている。
実行機能障害とは、物事を行う時に計画を立て、順序立てて効率良く行うことが難しくなります。
食事の支度でいえば、冷蔵庫の中を確かめて、献立を考えて、足りないものを買って、ご飯を炊きながらおかずを作る。認知症になると、「炊飯器のスイッチを押す」のような一つひとつの動作はできても、それらをまとめてやり遂げることが難しくなる、と書かれている。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
衣はつけられる。でも、揚げるところまでつながらない。果物とお皿は出せる。でも、包丁を出して切るところまで続かない。
母の台所は、まさにこれだった。
ガスコンロにも、安全装置がついている
うちはIHだけれど、ガスコンロの家も多いと思う。
東京都の調査報告書によると、家庭用のガスコンロは、2008年(平成20年)10月から、すべてのバーナーに「調理油過熱防止装置」「立ち消え安全装置」「消し忘れ消火機能」がついた「Siセンサーコンロ」になっている。
(出典:東京都生活文化局「ガスコンロの安全な使用に関する調査報告書」(平成28年2月))
実家のコンロがそれより古いなら、一度確かめてみてもいいと思う。消し忘れたあと、何分で火が消えるかは機種によって違うので、取扱説明書を見るのが確実だ。
止まったところから、引き継げばいい
果物は、私が切って、冷蔵庫に入れておいた。いつでも食べられるように。
そのことは、なんとなく父にも言っておく。いつもそうしている。母は、3分前のことだって忘れてしまうから。
母が「途中まで」やったことを、責めるつもりはない。お皿を出したのは母だ。そこまでは、母がやった。
止まったところから、誰かが引き継げばいい。うちの台所は、今そういう場所になっている。
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※この記事は、認知症の母を介護している家族としての体験と、調べたことをもとに書いています。コンロの安全装置や消し忘れ消火の時間は機種によって違うので、取扱説明書で確かめてください。

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