日曜日。その日、私は実家に行けなかった。
家で過ごしていると、母から電話がかかってきた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
電話は、母のiPadからだった。
母は9月ごろから、スマホもiPadも、ほとんど触らなくなっていた。私のところにも、電話はかかってこなくなっていた(認知症の母が、スマホを使えなくなるまで)。前は、父がゴルフに出かけると、何度も電話をかけていた母だ(認知症の母が、何度も電話をかけてくる)。
声は、少し怒っているような、不安そうな感じだった。
「ちょっと聞きたいんだけど」
この言い方をされると、私はドキッとしてしまう。
私、何かしちゃったかな。
何が地雷になるのか、私には、いつもわからない。
それとも、父とケンカでもしたのかな、とも思った。本当のところは、わからない。
母は、こう聞いた。
「今日は、うちに来た?」
私は、行っていない。
「持ってきてくれたのがあるから」
「食べるもの、あるの?」と聞いてみた。
母は、「持ってきてくれたのがあるから」と言った。
私は、何も持って行っていない。電話のこちら側で、少し笑ってしまった。
母は、「疲れた」と言った。「寒い」とも言った。
来てほしいのかな、と思った。行ったほうがいいのかな、と、軽く思った。
「こたつ、出しに行こうか。これから行くよ」
「来なくてもいい」
ぴしゃっと、言われた。
「こたつは、お父さんがするから」
父も、もうおじいちゃんだ
でも、父も、もうおじいちゃんだ。
うちのこたつは重たい。それを2階から抱えて降ろしてくるのは、父には大変だと思う。
こたつは、できれば私が出してあげたい。
「来なくてもいい」は、本当に来なくていいのか。それとも、来てほしいの裏返しなのか。電話の声だけでは、わからなかった。
今日は、行かないと決めた
この日、私には、したいことがあった。
自分の体のメンテナンス。家のこと。そして、久しぶりに手をかけた夕飯を作ること。前の日に、やっと買い物に行けたところだった。
だから、「また明日行くね」と言った。
正直に書くと、こういう日を作らないと、私は崩れてしまう。
何も考えずに、忙しくても、とにかく実家に行く。それを繰り返していると、ふとしたときに崩れる。家で、家族のいつもなら流せることに、うまく対応できない。家の中の空気が、ぎくしゃくしてしまう。
こんなことなら、行かなければよかった。そう思う日も、正直ある。
それは、両親のせいではない。自分をうまくコントロールできていない、私の問題だ。
だから、この日は行かないと決めた。
前の日の母は
前の日、私は急いでいて、少しだけ実家に寄った。
母は、洗濯物を畳もうとしていた。前のように、きれいには畳めていない。
イライラしていた時期よりは、いいと思う。でも、前のように笑わなくなった。
帰り際に、「洗濯物たたむの、頑張ってね」と声をかけた。気を悪くするかな、と思った。
母は、穏やかに笑ってくれた。
調べてわかったこと——答え合わせ
行かない日を選ぶのは、いいことなのか。答え合わせがしたくて、調べてみた。
国立長寿医療研究センターのよくある質問に、介護する人が罪悪感を抱いてしまう、という相談への答えがあった。
介護者は自分の時間がほしい、一人になりたい。と思うことすら罪悪感を抱くことがあります。
同じ答えの中に、こうも書かれていた。
離れることも認知症を持つ方のことを思っての行動ということを理解して下さい。
「自分がやらなくては」とか「自分しかいない」と思わず、一人では認知症ケアはできませんのでご本人と穏やかな時を過ごせるように上手にサービスを利用してください。
(出典:国立長寿医療研究センター「認知症の人と上手に向き合うために」よくある質問・Q&A)
罪悪感は、よくわかる。私も、行かない日はいつも感じている。
でも、離れることも、母を思っての行動。そう書いてあって、少し肩の力が抜けた。
前の日に「頑張ってね」と言えたのも、きっと私に少し余裕があったからだと思う。
母は、きっと覚えていない
明日、実家に行っても、母はこの電話のことを覚えていないと思う。これは、確実にそうだ。
それでも、「今日は来た?」と聞いてくれたことは、私が覚えておこうと思う。
そして、この日に行かなかったこと。罪悪感に勝てたこと。
それは、私にとっては、大きいことだった。
※この記事は、認知症の母のそばで手伝っている娘としての体験をもとに書いています。介護のことで疲れを感じたときは、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談してみてください。
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