夜中、トイレに起きて1階に降りると、ソファにおばあちゃんが座っている。
母は、そう話しているらしい。
おばあちゃんは、母の母だ。もう亡くなっている。
この話を、私は母から直接聞いたことがない。教えてくれたのは、父と弟だった。
はじめは、探していた
母がおばあちゃんのことを口にするようになったのは、夏ごろからだ。
はじめは、探していた。
夜、「おばあちゃん、どこ行った?お風呂かな?」と言う。父からそう聞いた。
昼間の会話でも出てきた。
「九州のおばあちゃんは、どこだろう?」
父が「亡くなったよ。お母さんの心の中にいるでしょ」と返すと、母はこう言った。
「そうなんだけど……お葬式、行ったのかしら。覚えていない。お母さんに会いたい。お母さんとずっと離れているから」
「16の頃から、離れてる」
そう言って、母は泣いた。
「2回も死んじゃったの?」
8月の終わりには、こんなことがあった。
母は、おばあちゃんに仕送りをしていた話をしてくれた。2000円とか3000円とかを封筒に入れて送っていた。「おばあちゃん、ポスト気にしておいてね」と言っていた、と。
その話のあとで、母はこう言った。
「2回も死んじゃったの?って思ったの。変なこと言ってないよね、私」
母は、自分の中の何かがおかしいことに、気づいていた。気づいて、戸惑っていた。
そして、「そこにいる」になった
9月になって、父から聞いた話は、それまでと少し違っていた。
夜中にトイレに起きて1階に降りると、おばあちゃんがソファに座っている。母は「2階に上がって寝よう」と、おばあちゃんに声をかける。
「よく、おばあちゃんが居る」とも言うらしい。
弟には、「夜トイレに降りるのが怖い」と話していたそうだ。
父が「お母さんに会いたいって言ってたでしょ。会えて良かったじゃない」と言うと、母は、
「でも、怖いじゃない」
と返したという。急に、まともなことを言う。
探していたおばあちゃんが、いつのまにか、そこにいるようになっていた。会いたかった人なのに、夜中に会うのは怖い。母の中では、その両方が本当なのだと思う。
私には、違う話をする
不思議なのは、母が私には、ソファの話をしないことだ。
私に話すのは、いつも「おばあちゃんと一緒に住みたかった。お父さんがダメだと言った」という話だった。
夜中の話を聞いているのは、夜も一緒にいる父や、泊まった日の弟だ。私が実家に行くのは、昼間か夕方。その場面に、私はいない。
それに、誰に何を話すかを、母は母なりに選んでいるのかもしれない。理由は、わからない。
家族の返し方
おばあちゃんのことを聞かれたとき、どう返すか。7月に、私なりに決めたことがある。
穏やかに聞いてきたときは、本当のことを言っていい。「亡くなったよ。お母さんの心の中にいるよ」。そして、言い切って終わりにしないで、おばあちゃんの思い出話につなぐ。
不安そうに探しているときは、事実より気持ち。「会いたいね」と受け止める。
父の「亡くなったよ。お母さんの心の中にいるでしょ」は、まさにその返し方だった。母は怒らない。でも、納得している様子でもない。
私に「一緒に住みたかった。お父さんがダメだと言った」と言うときは、私は同調している。そこで反論しても、母の気持ちは楽にならないからだ。
実は、私も一度だけ、母に聞かれたことがある。
急に「おばあちゃん、どこ行った?」と言われた。
私は戸惑ってしまって、「え?いないよ」と言うのが精一杯だった。
そこに父が、「亡くなったよ。お母さんの心の中に住んでるんだよ」と付け加えてくれた。
母は「え?いつ?」と聞き返した。そして、「お葬式に、私行った?」
「行ったよ」と私は答えた。「一周忌には、娘と三人で九州に行ったよね」
母は、覚えていないようだった。
返し方を決めていても、急に聞かれると、言葉が出てこない。父の言葉に、助けられた。
調べてわかったこと——答え合わせ
幻覚は、不安や寂しさから起きることがある
滋賀県立総合病院のページには、アルツハイマー型認知症について、こう書かれている。
アルツハイマー病では幻覚や妄想は周辺症状であり、環境を整備したり介護者が適切に対応することで減少させることができるとされています。
不安感や寂しさが幻覚や妄想を引き起こしている可能性は十分にあります。
(出典:滋賀県立総合病院「認知症の種類によって異なる症状」)
これを読んで、7月のことを思い出した。着替えを手伝っていたとき、母は泣きながら「九州に帰りたい、お母さんのところに帰りたい」と言った。
ソファのおばあちゃんも、同じところから来ているのかもしれない。心細いとき、いちばん安心できる人に、そばにいてほしい。
「そんなことはない」と否定しない
健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)では、幻視について、こう説明されている。
本人は本当に見えている(ように脳が誤作動している)ため、『そんなことはない』と否定してはいけません
(出典:健康長寿ネット「レビー小体型認知症」)
ただ、このページはレビー小体型認知症の説明で、幻視は「他の認知症とレビー小体型認知症を区別できる、特徴的な症状」とも書かれている。母の診断は、アルツハイマー型だ。
母に本当に見えているのか、夢うつつなのか、私にはわからない。
ただ、夜の母の様子は、9月の受診で先生に伝わった。夕食のあと寝室と居間を行ったり来たりすること、何度もトイレに起きること。父がそれを伝えて、薬がひとつ追加になった。夜中のソファのおばあちゃんも、そうした夜の出来事のひとつだった。
見えているのかどうかの判断は、先生に任せようと思っている。
母は、お母さんに会いたい
16の頃から、ずっと離れていた。
それでも仕送りを続けて、「ポスト気にしておいてね」と言っていた。
夜中のソファにおばあちゃんが座っているのなら、母はきっと、ずっと会いたかったのだと思う。
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※この記事は、認知症の母を介護している家族としての体験と、調べたことをもとに書いています。幻覚や夜の様子が気になるときは、本人の言葉をそのままメモして、主治医に相談してください。

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