認知症の母の薬の管理——お薬カレンダーは崩れた。父が見つけた「空き袋を瓶に戻す」方法

覚えていなくても、見ればわかる——認知症の母の薬の管理と、父の「見える化」 介護の知識

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母は60歳前後から、高血圧の薬を飲んでいる。

もともと、面倒くさがりな人だった。それでも、日付が書いてあるプラスチックの小分けケースに薬を入れて、自分で飲んでいた。

それが、認知症の症状が出はじめてから、うまくいかなくなった。

今、母の薬を管理しているのは父だ。

家事をしてこなかった父が、時間をかけて見つけたやり方がある。今日はその話を書いておきたい。

お薬カレンダーが、ぐちゃぐちゃになった

母はある時期から、ケースの中身を全部出してしまうようになった。

出しては、しまう。しまっては、また出す。気づくと、どの日の薬がどこにあるのか、わからなくなっている。

父が注意しても、やめない。父がいないときにも、やってしまう。

日付が書いてあるケースは、「今日の分」がひと目でわかるようにできている。でもそれは、中身が正しい場所に入っていることが前提だ。中身を動かしてしまうと、日付はもう何の目印にもならない。

だいぶ時間はかかった。最終的に、父が管理することで落ち着いた。

今のやり方——瓶に1回分、空き袋も同じ瓶に

今のうちのやり方は、とても単純だ。

1本の瓶に、そのとき飲む1回分だけを入れておく。 用意するのは父だ。

母はそこから取って飲む。そして、飲んだあとの空き袋を、同じ瓶に戻す。

瓶の中に空き袋があれば、もう飲んだ。薬が入っていれば、まだ飲んでいない。

それだけのことだけれど、これで「飲んだかどうか」が、見ればわかるようになった。

はじめのうちは、母がこの瓶を自分で管理しようとして、またわからなくなることもあった。でも、だんだんそういうことも無くなっていった。

漢方は「2つ空いたら、1日分」

朝と晩に飲む漢方は、1日2包。

空き袋が2つになったら、その日の分は完了。

私が夕方に実家へ行ったとき、漢方が1つ残っていることがある。そういうときは、

「飲む?」

と言って渡す。

母は、素直に飲んでくれる。

責めるわけでも、「飲み忘れてるよ」と言うわけでもない。残っているのが見えたから、渡す。それだけで済む。

ホワイトボードは、見なかった

実家には、ホワイトボードもある。

父がゴルフや畑に出かけると、母はそのことを忘れてしまう。そして、父に何度も電話をかけたり、騒いだりする。

犬の散歩のときも、同じことが起きる。

散歩には、もともと母も一緒に行くはずだった。でも母は「行きたくない」と言って、家に残る。父は犬を連れて出かける。

しばらくすると、母から「犬がいなくなった」と言われる。

「お父さんは?」と聞くと、母は「会社」と言ったり、「畑」と言ったり、「ゴルフ」と言ったりする。犬を探しに行った、ということになっていることもある。

本当は、父が犬と散歩に行っているだけだ。

でも母の中では、「犬がいない」と「父がいない」がつながらない。散歩に送り出したことを忘れているから、犬は逃げてしまったことになり、父は別のどこかに行ったことになる。

自分も一緒に行くはずだった散歩なのに。不思議だなあ、と思う。

そんなことが続いたので、弟や私が「ホワイトボードに書いておけば?」と言ったことがある。

そのときの父は、あまり腑に落ちていない様子だった。

ところが、日がたってから、父は急にAmazonでホワイトボードを注文した。

父なりに、考えていたのだと思う。

でも、ホワイトボードはあまり役に立っていない。父がゴルフに行くときに書いておいても、母にはホワイトボードを見る習慣がない。

書いても、見なければ伝わらない。

効いた工夫と、効かなかった工夫のちがい

並べてみると、ちがいがはっきりする。

ホワイトボードは、母が「見に行って、読んで、覚えておく」ことで、はじめて役に立つ。

瓶と空き袋は、母が何かを覚えておく必要がない。父が見ても、私が見ても、母が見ても、その場でわかる。

父には、もうひとつ同じような工夫がある。実家の保護犬のごはんの器を、毎回洗うのだ。器が汚れていれば「もうあげた」。記憶に頼らず、器を見ればわかる。(認知症の母と保護犬2匹の暮らしに書いた)

母に覚えてもらう工夫ではなく、誰が見てもわかる工夫。

効いたのは、そっちだった。

調べてわかったこと——答え合わせ

お薬カレンダーは「定番」。でも、合う合わないがある

健康長寿ネット(公益財団法人長寿科学振興財団)では、高齢者の薬の管理について、こう書かれている。

「おくすりカレンダー」などを使用することにより、用法や飲み忘れを判別しやすくなり、飲み間違いを防ぐことができます。

(出典:健康長寿ネット「高齢者向けの薬の管理」)

お薬カレンダーは、薬の管理の定番だ。母も、症状が出る前は使えていた。

ただ、うちの母のように中身を出し入れしてしまうと、カレンダーの仕組みそのものが崩れてしまう。定番の方法が、そのまま合うとは限らない。

家族が確認することは「とても有用」

同じページには、こうも書かれている。

高齢の患者さんが御家族と同居、または、すぐ行き来できる距離に住んでいるのであれば、薬の服用を確認するなどの協力をしていただくことはとても有用です。

うちで薬を管理しているのは、あくまで父だ。私は、夕方に実家へ行ったとき、晩の分を少し早めに飲むのを手伝っているだけ。それでも、家族が飲んだかどうかを見ている、という点では、うちのやり方はこれに当てはまっていた。

全部を家族が管理すればいい、わけではない

認知症の人の服薬については、こんな説明もある。

介護者がすべてにおいて管理してしまうことは、必ずしも適切ではありません。

認知症が進行しても、認知症患者さんの残っている能力をできるだけ尊重して、できない部分をさりげなく支えてあげることが大切です。

(出典:健康長寿ネット「認知症高齢者への服薬介助」)

これを読んで、少しほっとした。

うちでは、父が用意はするけれど、瓶から取って飲むのは母自身だ。漢方が残っていたら、私は「飲む?」と渡すだけ。

全部を取り上げたわけではなかった。母ができるところは、母がやっている。

「犬がいない」と「父がいない」が、つながらないのはなぜ

散歩の件は、医学的にはどう説明されるのか。調べてみた。

まず、認知症の物忘れは「出来事そのもの」が抜ける。

出来事の細部だけでなく、その出来事自体を忘れてしまう

(出典:MSDマニュアル家庭版「記憶障害」)

母の場合、「父が犬を連れて散歩に出た」という出来事が、まるごと残っていない。だから、目の前には「犬がいない」「父がいない」という結果だけが残る。

次に、「見当識(けんとうしき)」の障害というものがある。

見当識とは今がいつ(時間、年月日、季節)で、ここがどこ(場所、何をしているのか)という、自分が今、置かれている状況を把握することです。

(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)

今、家で何が起きているのか。その状況がつかめないまま、「犬がいない」「父がいない」を説明しようとすると、「逃げた」「会社に行った」「探しに行った」という答えになるのだと思う。

それから、熊本大学の研究グループは、認知症の人が、忘れてしまったことをまるで憶えているかのように、相手に話を合わせる「取り繕い反応」について報告している。アルツハイマー病では、半数以上の人にみられたという。そして、この反応は「認知症になった自分を何とかしてよく見せようとする行動」で、さまざまな心理的葛藤が関わっていると考えられている。

(出典:熊本大学プレスリリース「『取り繕い反応』はアルツハイマー病の特徴的なコミュニケーションのパターン」(2018年5月23日))

もうひとつ、思い当たることがある。

健康長寿ネットには、記憶障害について「自分が子供の頃の記憶など、昔の出来事は比較的覚えています」とも書かれている。

父は、今はもう会社に行っていない。「会社」は、父が会社に通っていた頃の記憶なのかもしれない。

そして、犬は一度、本当に逃げたことがある。

実家の犬は保護犬で、7歳のときに両親の家に来た。来て間もない頃、その子が家から逃げ出してしまった。父が2時間くらい探して、最後は警察に保護されていた。

そのとき母は、まだパートに出ていた。帰ってきてから知らされたはずだ。母にとっては、強烈な出来事だったのだと思う。

「犬が逃げた」「父が探しに行った」。母の答えは、でたらめではなかった。昔、本当にあったことだった。

今の出来事が抜けたところに、昔の強い記憶がはまり込む。そう考えると、母の答えには筋が通っている。

母の「会社」「畑」「ゴルフ」が取り繕いなのかどうかは、私にはわからない。ただ、「わからない」と言わずに答えを出そうとするのは、母なりに一生懸命なのだと思う。

だからこそ、口で説明するより、見ればわかる形のほうが母にはやさしい。ホワイトボードは、そこまで届かなかったけれど。

高血圧の薬は、やめていいの?

母は以前、「重症じゃないから、飲まなくてもいいんじゃない?」と言ったことがある。

家族のあいだでも、「血圧を測りながら、調整したほうがいいんじゃないか」と話したことがある。

調べてみると、健康長寿ネットには、高血圧が原因で引き起こされる病気のひとつに認知症がある、と書かれていた。その一方で、

血圧は急激にコントロールしてしまうと、血流が弱くなることでふらつきや立ちくらみなどの症状が起こる

(出典:健康長寿ネット「高血圧管理と認知症予防」)

ともある。下げればいい、というだけの話でもないらしい。

「測りながら調整」という家族の感覚は、間違っていなかったのだと思う。でも、やめるか、調整するかを決めるのは主治医だ。うちは今も、父が管理して飲み続けている。

覚えていなくても、見ればわかる

母は、ホワイトボードを見ない。

でも、瓶を見れば、飲んだかどうかは誰にでもわかる。

覚えてもらうことを、あきらめたわけではない。覚えていなくても困らない形に、少しずつ変えてきただけだ。

父がそこにたどり着くまでには、だいぶ時間がかかった。家事をしてこなかった父が、母の薬を毎日用意している。

そのことを、ここに書いておきたかった。

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※この記事は、認知症の母を介護している家族としての体験と、調べたことをもとに書いています。薬の飲み方や量の調整は、必ず主治医や薬剤師に相談してください。

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