認知症の母は、着替えが難しい日がある。
服の向きがわからない。どれを脱いで、どれを着たのかが、わからなくなる。
そんな母が、ある日こう言った。
「お父さんには頼みたくない」
この記事では、着替えを手伝ってもらう相手を、母が選んでいること。そして、それを見ている娘の私が思うことを書く。
服を後ろ前に着てしまう話は、認知症の母が、服を後ろ前に着るに書いた。
「お父さんには頼みたくない」
10月のある日、仕事帰りに実家へ寄った。まだ夕方の5時前だった。
母は、もうシャワーを済ませていた。でも、下着を途中まで着たところで、手が止まっていた。
「着るのが難しい」
そして、「お父さんには頼みたくない」と言った。
その日は、弟が実家に来ていた。いつもなら父に頼むところを、頼まずに出てきたのだと思う。
前にも、似たことがあった。
母が「サポートしてもらえれば、自分でできるのよ」と言ったとき、私は「サポートしてもらえばいいじゃない」と返した。母は「お父さんに?」と聞き返した。
別の日には、母のほうからこう言った。
「(娘が)サポートしてくれるとできるの。お父さんはできない」
母は、自分に何が必要かをわかっている。そして、誰に手伝ってほしいかも、はっきり決めている。
父は、やらないのでも、できないのでもない
母が父に頼みたくないのは、父が不器用で、男の人だから、うまくできないと思っているからだと思う。
実際、そう思う場面はある。
たとえば、ベッドメイク。父は、自分のベッドは自分で整えるようになって、だんだん上手になってきた。
でも、母のベッドはぐちゃぐちゃのまま。シーツもずれている。
「お父さん、やってあげればいいのに」と思う。でも、父は気づかない。
やらないのでも、できないのでもない。気づかないのだ。
父は、母がこうなるまで、家事をしてこなかった人だ。母はなんでも手早くやって、やってあげてしまう人だった。父が気づかないのは、ずっと母が先に気づいて、片づけてきたからなのかもしれない。
76歳を過ぎて、新しいことを覚えるのは難しい。それでも父は、薬の管理も、行き先を書くホワイトボードも、自分なりにやっている(父が見つけた薬の管理の方法)。
着替えの手伝いも、頼めば、もちろんしてくれるだろう。でも、母にとっては、それでは足りないのかもしれない。
私がいない日の着替え
父が母の着替えを手伝っているところを、私は見たことがない。私が行った日は、私が手伝うからだ。
たぶん、母は父に頼む日もあれば、頼まない日もある。
母も、自分でできる日もあれば、できない日もある。
それが、今のうちの着替えだ。
私が手伝うときは、服を着やすい向きにそろえて渡す。そうすると、母はスッと着られる。手を出すのは、最初の一歩だけでいい。
においが気になる日
母が「お風呂に入った」と言っても、入っていない日がある(認知症の母が、お風呂に何度も入る)。
そういう日に着替えを手伝うと、においが気になることがある。
すごく臭いわけじゃない。私が気にしすぎなのかもしれない。
でも、それを感じると、この先のことを考えてしまう。
父に、これができるのだろうか。
頼られるのは、うれしい、とは違う
「娘がサポートしてくれるとできるの」
母にそう言われるのは、うれしい、とは違う。
切ない。
そして、これからどうやって暮らしていこう、という、ぼんやりした不安がある。
私は、実家に住んでいるわけではない。母が頼りたい相手と、毎日そばにいる相手が、ちがう。そこに、この先の難しさがあるのだと思う。
大好きな母だ。でも、どう向き合っていけばいいのか、まだわからない。
調べてわかったこと——答え合わせ
着替えは、自尊心にかかわる
米国のアルツハイマー病協会(Alzheimer’s Association)の「着衣」には、最初にこう書かれている。
身だしなみは、その人の自尊心に寄与します。
着替えが難しくなる理由を考えるときの問いとして、こんな一つも挙げられている。
あなたの前や他者の前で着替えるのが恥ずかしそうですか?
(出典:Alzheimer’s Association「着衣」日本語版)
着替えは、ただの動作ではなく、その人の気持ちにかかわることなのだ。母が手伝う人を選ぶのは、わがままではなく、自分を守ろうとしているのかもしれない。
家で介護をしているのは、いちばん多いのが「配偶者」
厚生労働省の「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」によると、同じ家に住んで主に介護をしている人は、介護される人から見て「配偶者」が22.5%で、いちばん多い。
介護する人とされる人が、どちらも75歳以上という組み合わせは37.1%。年々、増えている。
(出典:厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」Ⅳ 介護の状況)
うちのように、年をとった夫が、認知症の妻をみている家は、めずらしくない。父の「気づかない」も、うちだけのことではないのだと思う。
まとめ——まだ、答えは出ていない
母は、着替えを手伝ってもらう相手を選んでいる。
父は、やらないのでも、できないのでもない。気づかない。
私は、頼られるたびに、切なくなる。
誰も悪くない。でも、この先どうしていくのか、まだ答えは出ていない。
答えが出ないまま、今日も、服の向きをそろえて渡している。
着替えのときに母が涙声になった日のことは、認知症の母が泣くようになったに書いた。
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