実家に着いたとき、犬たちの姿がなかった。
うちの犬は2匹いるのだけど、母が怒っているとき、2階に逃げる。だから私は玄関を開けた瞬間に気づいた。あ、今日は荒れてる日だ、と。
父は夕方から飲み会だった。
でも母は、「朝からずっといない」と言い張っていた。
カレンダーには書いてあった
リビングに入ると、母はそわそわしていた。
外に出て、車を確認して、自転車を確認して。
「どこに行ったの?なんで?いつ出かけたの?」と私に聞いてくる。
カレンダーには「飲み会」と書いてあった。車も自転車もあった。
だから少し前に出かけたのはわかる。でも母には、それがわからない。
そしてしばらくすると、始まった。
何回も聞いた話が、また始まる
父がお小遣いを二重取りしている、という話。
父を殺すかもしれない、という言葉。
幼い頃に女を作って蒸発した、実の父親の話。
私はこれを何度も聞いている。
だから「また始まった」と思う。
でも、相槌を打つのが難しい。
事実と違うことが多いから、うかつにうなずくわけにもいかない。
かといって否定すれば、「お父さんの味方でしょ」と怒られる。
黙っていても怒られる。
同意しても怒られる。
私はただ、正しくない相槌を打たないように、緊張しながらそこにいた。
「何もしなくていいわよ」
怒りが続く中で、私は黙って片付けを始めた。
放置されていた洗濯物をたたむ。
シンクに残っていた食器を洗う。
「何もしなくていいわよ!」と母は言った。
これはいつものことだ。
でも経験上、ここでやめてはいけない。やめると、かえって機嫌が悪くなる。「ありがとう」は一切言われないけれど、続けていると、少しずつ部屋の空気が変わってくる。
紙に「1分30秒」と書いたけれど
夕飯は配食だった。
母は「絶対食べない」と言い張っていた。
最初、私は紙に大きく「1分30秒」と書いて、電子レンジのそばに置いておいた。
でも、話しながら、ふと思った。
……これ、自分でできるかな?
もうそのくらいのことも難しくなっているかもしれない。
だから私が温めた。お茶も入れた。トレイに綺麗に並べて、テーブルに置いた。
すると、母の口から怒りの言葉が少しずつ減った。
じわじわ、じわじわ、静かになっていった。
帰り際の言葉
用意が終わると、母が言った。
「娘たちのこと、心配だから早く帰りなさい」
そうね、と帰ろうとしたら、「アイスを買いなさい」とお金を差し出してくれた。
以前は断っていた。
でも最近は、「ありがとう」と笑顔で受け取るようにしている。
そのほうが、母も嬉しそうだから。
言葉は届かなかった。でも、温かい夕飯は届いた。
あの夜、私は何も「正しいこと」を言わなかった。
父を弁護することも、事実を説明することも、怒りを鎮めようとすることも、しなかった。
ただ、洗濯物をたたんで、食器を洗って、夕飯を温めて、テーブルを整えた。
それだけで、母は落ち着いた。
認知症になった母に、言葉はなかなか届かない。
でも、温かいご飯と、きれいに並んだトレイは、ちゃんと届く。
「また寄ってね」と、帰り際に母は言った。
帰り道、その言葉がずっと頭の中に残っていた。
あの夜のことは、「環境調整」というらしい
あとから知ったのだけれど、言葉で説得する代わりに、まわりの環境を整えて気持ちを落ち着ける方法は「環境調整」と呼ばれていて、認知症のケアでは大事にされている考え方らしい。
言葉は、どんなに優しく言っても「否定」や「説得」として受け取られてしまうことがある。でも、環境は何も主張しない。整ったテーブルは、母を責めない。温かい夕飯は、議論にならない。だから届くのだと思う。
うちで効いている「環境調整」を集めてみた
あの夜のトレイ以外にも、うちで効いている工夫を並べてみる。どれも地味だけれど、言葉より確実だった。
①日が沈む前に、家の明かりをつける。夕方は不穏になりやすい時間帯。部屋が暗くなってから点けるのではなく、暗くなる前に点けておく。
②しまうより、見えるように置く。引き出しの中の物は、母の中では「無い」ことになる。よく使う物は見える場所へ。服の混乱には別の工夫も試した(認知症の母の洋服がカオス…タンスから全部出してしまう問題と私が試したこと)。
※ただし、食べ物だけはこの原則が逆に働く。見えていれば、食べてしまうからだ(認知症の母が「ごはん食べてない」と言う——食べた記憶だけが、抜け落ちていく)。
③下着は、引き出しから出して、カゴに種類別に。母はお風呂のたびに下着を2セットも3セットも持ってきて、脱いだものとごちゃごちゃになっていた。とんでもない所からパンツが出てくることもある。だから引き出しをやめて、プラスチックのカゴに種類別に分けた。ひとつのカゴにはパンツだけ。ブラジャーと同じカゴにはしない。見えていれば、そこに戻れる。なお、下着そのものの前後がわからなくなってきてからは、また別の難しさが出てきた(認知症の母が、お風呂で「できない」と呼ぶようになった——入るか入らないか、だけではなかった)。
④不安の引き金になる物は、そっと遠ざける。うちの場合、古いLINEの履歴が「昔のこと」を「今のこと」にしてしまうので、本人の同意を得て整理した(認知症の母と、LINEの履歴を消した日——「昔のこと」が「今のこと」になる混乱と、対応)。財布は母の目に触れない場所に決めた(認知症の親がお金を隠す——よくある隠し場所と対応のコツ【介護経験者が解説】)。
⑤終わりの見通しを、先に伝える。「〇時までに帰るね」。いつ終わるか分かるだけで、待つ側の不安は小さくなる。
⑥「作らなきゃ」を減らす。母は今でも「ご飯を作らなきゃ」と思う。でも思うように手が動かず、そこから機嫌が悪くなっていく。だから週3回、おかずだけの配食を入れた(配食サービスを入れて変わったこと——おかずだけ頼む、うちのやり方)。
説得をやめると、介護は少し楽になる
あの夜の私は、相槌ひとつに緊張していた。黙っても怒られる、同意しても怒られる。正しい返事なんて、どこにもなかった。
今は、こう思っている。言葉で勝てない日は、手を動かす。正しい相槌を探して消耗するより、洗濯物をたたむほうが、母のところに早く届く。同じ話が繰り返される仕組みを知ってからは、なおさらそう思う(認知症の親が何度も同じ話をするのはなぜ?——「財布がない」の裏にある仕組み)。
介護は、説得ではなく段取りなのかもしれない。そう思えるようになってから、実家に行く足が、少しだけ軽くなった。
同じ考え方で、車の鍵も「隠す」ではなく「父が持つ」ことにした(→免許を返納したあとに来たもの——「ご褒美ちょうだい」と言った母と、父が運転する車)。
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📋 介護保険外のサービスについて、まず相談してみる
デイサービスだけではカバーできない時間帯の付き添いや家事サポートは、介護保険外のサービスで対応できることがあります。「こんなことも頼めるの?」という小さな疑問も、気軽に相談してみてください。
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父が出かけたことを母が忘れてしまう話と、ホワイトボードのことは 認知症の母の薬の管理——父が見つけた「空き袋を瓶に戻す」方法 に書いた。


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