仕事中に、母から電話がかかってくる。
「夕方、一緒に行こうね」
そう答える。私としては、ちゃんと予定を伝えたつもりだった。でも母は、その電話を切った時点から待ち始める。夕方まで、あと数時間ある。その数時間が、母の中では測れない。
そして、待てなくなった母が向かう先は、そばにいる父だ。
家では10分が限界。でも散歩は2時間できる
うちの母は認知症だ。私の家に連れてきても、10分ほどで立ち上がる。「もう帰る」と言って、ひとりで歩いて帰ろうとする。仕方なく、すぐにまた車で送っていく。
母が好きだったデパートに連れて行っても、同じだ。着いてすぐに帰りたがる。「せっかく来たのに」と思うけれど、粘っても何も良いことはない。
ところが不思議なことに、母は毎日2時間、散歩をしている。足腰はしっかりしている。デイサービスにも通っている。
10分も座っていられない人が、2時間歩ける。この矛盾に気づいたとき、「出かけられない」の正体が少し見えてきた。
「動いている外出」と「とどまる外出」
並べてみると、はっきりする。
- できること:散歩、車での移動、歩いて回ること
- 苦手なこと:座って過ごす、待つ、同じ場所にとどまる
母が苦手なのは「外出」そのものではなく、「とどまること」だった。
歩いているあいだは、景色が変わり続ける。進んでいる感覚がある。退屈する暇がない。でも、座って過ごす時間はちがう。今が何時なのか、あとどれくらいここにいるのか、それが分からないまま、ただ時間が過ぎるのを待つことになる。
デイサービスの日も同じだ。お迎えは9時なのに、8時前から玄関で待っている。何度「まだだよ」と言っても、また靴を履いて外を見に行く。待つ時間が、いちばん苦手なのだと思う。
母がデイサービスに通えるようになるまでも、ひと山あった(認知症の母がデイサービスに行くまで——泣いて、怒って、ピンポンが鳴った朝のこと)。今は自分から玄関で待つようになったのだから、それを思うと不思議な気持ちになる。
「夕方行こうね」が、待ち時間を作ってしまう
ここに、家族が気づきにくい落とし穴がある。
私たちの頭の中では、「夕方」は「あと数時間」という距離を持っている。だから、それまで別のことをして過ごせる。でも認知症では、時間の見当をつけることが難しくなる。「夕方」と言われた瞬間から、母の中ではもう「今」になってしまう。
だから待ち始める。用意をして、玄関を見に行く。「まだ?」と何度も聞く。
そして、その「まだ?」を受け止めるのは、家にいる父だ。私は仕事に行っている。良かれと思って先に予定を伝えたことが、そのまま父の午後を長くしてしまう。
予定を伝えるのは、優しさのつもりだった。普通の家族なら、それで100点の伝え方だと思う。でも今のわが家では、先に伝えるほど、誰かの待ち時間が増える。
性格なのか、病気なのか
母はもともと、せっかちなところがある人だった。だから家族としては、「もともとこういう人だから」と受け取ってしまうところがある。父は特にそうだと思う。
たぶん、両方なのだと思う。もともとの性格が土台にあって、そこに認知症が重なっている。
認知症では、脳の前頭葉の働きが落ちることで、「あと少しだから待とう」と自分を抑えるブレーキが利きにくくなると言われている。つまり、性格が変わったのではなく、性格を抑えていた蓋が外れたのに近い。家族が「昔からこういう人だ」と感じるのは間違いではなくて、元の姿がそのまま濃く出ているのだと思う。
ただ、「もともとこういう人だから」で止まってしまうと、家族の側がしんどい。「どうして少しも待てないの」とイライラしてしまうから。
でも、待てないのではなくて、待つための仕組みが働きにくくなっている——そう思えると、対応が変わる。責めるかわりに、待たせない工夫のほうへ気持ちが向く。
じゃあ、どうすればいいのか
うちで実際に効いたのは、この4つだった。
直前に誘う
「夕方行こう」ではなく、「今から行こう」。待ち時間を作らないことが、いちばん効いた。
終わりの見通しを伝える
「〇時までに帰るからね」と最初に言っておく。いつ終わるかが分かると、少し落ち着く。
滞在は短く、粘らない
1時間くらいを目安にして、帰りたそうにしたら粘らずに退散する。「せっかく来たのに」を捨てると、こちらも楽になる。
指示はひとつだけ
「トイレに行ってから、荷物持って、車で待ってて」ではなく、ひとつずつ。
このやり方で、2時間の外出に成功した日がある(認知症の母と、2時間出かけられた——わが家の「先回り段取り」5か条に詳しく書いた)。
旅行は、もう無理なのだろうか
正直に言うと、母と旅行に行きたい気持ちがある。まだ元気に歩けるうちに、どこかに連れて行ってあげたい。
でも、たぶん昔と同じ形の旅行は難しい。知らない場所は、認知症の人にとって「安心の手がかりが何もない場所」になる。楽しませたい場所ほど、本人は不安になってしまう。ホテルの部屋で夜に混乱する、という話もよく聞く。
そのかわり、こんな形なら今もできると思っている。
- ドライブ:座っているだけで景色が変わる。疲れない。いつでも帰れる
- 散歩の延長:いつもと違う公園、海の見える道。母の得意分野で、場所だけ変える
- 特別を家に持ち込む:実家で好きなものを取り寄せる。場所は動かさず、非日常だけ届ける
「一泊二日」ではなく「帰り道にソフトクリーム」。それでも、立派な外出だと思うことにした。
出かけられないのではなく、形が変わっただけ
母にとっての楽しさは、もう「どこに行ったか」ではないのかもしれない。その瞬間、安心して笑えたかどうか。それだけなのだと思う。
だとしたら、家に帰りたがるのは、わがままでも失礼でもない。安心できる場所に戻りたいという、まっすぐな気持ちだ。
出かけられなくなったのではなく、出かけ方が変わった。そう考えるようにしてから、10分で帰ることになっても、前ほど落ち込まなくなった。
※この記事は医療アドバイスではありません。気になることがあれば、かかりつけ医やケアマネジャーにご相談ください。

コメント