「行かない」と言い続けた母が、チャイムが鳴ったら何事もなかったように玄関を出た。
その瞬間を何度見ても、私はいつも少し呆然とする。あれだけ騒いでいたのに。あれだけ泣いていたのに。
デイサービスを嫌がる親を持つ家族は、たぶん全員この矛盾を知っている。
なぜ母はデイサービスを嫌がったのか
母の言い分は、はっきりしていた。
「犬といるのが一番幸せ」。これが母の本音だった。家にいて、自分の犬と過ごす。それ以上のものは要らないと、そう思っていた。
それだけではなかった。「お父さんといたくない」「一人で暮らしたい」「家は自分のものだから、お父さんに出て行ってほしい」とも言った。
デイサービスへの拒否と、父への不満と、自分の居場所を守りたいという気持ちが、全部ひとつになって「行かない」になっていたんだと思う。
嫌がり方が、すごかった
拒否は穏やかではなかった。
ものをダンダンと強く投げつける。足をどたどたと踏み鳴らす。そしてずっと、言い続ける。
「私を施設に入れる気だ。今まで散々尽くしてきたのに、こんな仕打ちをされる。情けない」
この言葉を、何十回聞いただろう。デイサービスの日の朝は、毎回これだった。
「施設に入れる気」ではなかった。日中、一人にしておくのが心配だから、少しでも外に出てほしかっただけだ。でも母にはそう届かなかった。
「行かなくていいよ、やめよう」と言いながら、時間を待つ
説得は逆効果だとわかっていた。
「デイサービスは楽しいよ」と言っても火に油だった。母の勘は鋭い。丸め込もうとすると、すぐに気づく。論理で話しても、感情で返ってくる。
だから、逆のことを言った。「行かなくていいよ。やめよう」と。
受け入れてもらえたと思うと、母は少し落ち着く。「そうよ、行かなくていいのよ」と言いながら、でも玄関には向かわない。その間に時間が過ぎていく。
問題は父だった。私の言葉を真に受けて、本当にキャンセルしようとする場面が何度もあった。「申し訳ない」という気持ちが強い人だから、ドタキャンに耐えられなかったんだと思う。
止めるのは私の役割になっていた。「ドタキャンでもいいんだよ」と言いながら父を宥め、父に怒鳴られながら、ひたすら迎えの時間を待った。
チャイムが鳴った瞬間、母は立ち上がった。何事もなかったように、玄関へ向かった。
デイサービスは父のためだけじゃない——医者にそう言われた
デイサービスを続けると決めたのは、父を休ませるためだけではなかった。
主治医にはっきり言われたことがある。家事も、外出も、何もしたくないという母に、習い事やサークルを勧めてみたことがあった。でも母は興味を示さなかった。
そのとき医者に言われた。「だったら、デイサービスが一番の薬です」と。
理由は二つあった。一つは、母の脳に外からの刺激を与えること。もう一つは、家ではタガが外れっぱなしになっている母が、外では周りの人に気を遣い、言われたことをこなす。その「場の力」が、母には必要だということだった。
家の中では誰にも遠慮しない。でも外に出ると、母はちゃんと「社会の人」になる。その切り替えが、脳にとって大事なのだと。
それを聞いて、続けようと思った。
帰宅後は機嫌が悪い。でも、デイサービスは楽しいらしい
帰ってきた母は、ブスッとした顔をしている。「疲れた」を連発して、父のすること全てが気に入らないと言う。
でも、「デイサービスは楽しい」と言うようになった。
この矛盾を、最初は理解できなかった。楽しいなら、なぜ帰宅後に荒れるのか。なぜ毎朝あれだけ嫌がるのか。
今は少しだけわかる気がする。楽しかったことを素直に認めたくない。家に帰ったら「家の顔」に戻る。お父さんへの不満は変わらない。それが全部、帰宅後の機嫌に出るんだと思う。
理屈ではわかっていても、受け止める父は大変だ。
デイサービスを続けることが、介護を続けることだと思っている
毎朝騒いで、何事もなかったように出かけて、帰宅後に荒れる。
そのサイクルを続けることに意味があると、今は思っている。デイサービスがある日は、父に少し休む時間ができる。母に、家の外の時間ができる。母の脳に、家とは違う刺激が入る。
やめたら、もう再開は難しい。だから続ける。
きれいな解決策なんてなかった。「行かなくていいよ」と言いながら時間を待つ、父を宥めながら怒鳴られる、それだけが私にできることだった。
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