実家から帰ると、自分の家のご飯が作れない。
それが「限界に近い」サインだと、最近わかってきた。
実家でご飯を作って、帰ったら終わり
母は夕方になると機嫌が悪くなることが多い。ご飯のことが引き金になりやすい。
週3回は配食サービスを使っているけれど、それ以外の日は自分たちで用意しなければならない。弟がお弁当を差し入れてくれる日も多い。本当に助かっている。
でも、弟がいつ来るかはわからない。私が食事を用意した後にちょうど弟が来ることもある。父は「食べきれないから持って帰れ」と言う。なんだかなー、と思う。弟を責める気持ちはまったくない。ただ、なんとも居た堪れない気持ちになる。それだけのことなのだけど。
実家でひと仕事終えて家に帰ると、もう何もできない。どっと疲れて、自分の家のご飯を作る気力が残っていない。だから、セブンになる。それが最近のパターンだ。
弟が来ると、母が「良い子」に変身する
弟が実家に来ると、母の様子がガラッと変わる。機嫌がよくなって、にこやかになる。父も饒舌になる。
最初は複雑だった。私にはあんなに辛く当たるのに、と。
でも、これは認知症のあるあるだと聞いた。近い存在の人ほど、辛く当たってしまう。母にとって一番近いのは父、次が私。だから私たちが一番きつい言葉を受ける。弟は、母の病気が発覚するまでの10年ほど、あまり行き来がなかった。だから少し「遠い」存在として、母は接することができるのだと思う。
嫌われているわけじゃない。でも、複雑なのは本当だ。
ちなみに、弟との関係が戻ったのも、介護がきっかけだった。私が相談したことで、また行き来が始まった。介護が引き寄せたものも、ある。
お風呂に入ると、少し回復する
どっと疲れて帰ってきた日、私がやることはひとつ。お風呂に入ること。
時間は大分遅くなっていることが多い。だからご飯を作るのはもう無理だ。それでもお風呂だけは入る。そうすると、少し気持ちが戻ってくる。不思議なくらい、回復する。
完全ではないけれど、それでいい。
3人でシェアする
家に帰ると、娘たちがいる。気を遣ってくれる。
長女にはたまに「ご飯くらい炊いておいてくれれば」と思うこともある。でも基本的にはもう疲れていて、そこに気力を使えない。
「疲れたね」と3人で言い合う。それだけのことなのだけど、それが思いのほか、助けになっている。一人で抱えていない感覚が、少し楽にしてくれる。
「行かない」を選ぶのも、介護のうち
限界を感じそうなとき、私が一番大事にしていることがある。
実家に行かない、という選択をすること。
もちろん、命の危険がある状況は別だ。でも、そうでないなら、行かない日を作っていい。それは逃げではない。自分を保つための、立派な判断だと思っている。
介護は長い。一日無理をすれば、次の日に響く。今日の自分を守ることが、明日も続けられる理由になる。
ずっと頑張り続けることが、介護じゃない。休むことも、介護のうちだ。
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