「はい、アイス代。3人家族だから1000円ね。」
母がそう言って、お財布から千円札を出した。
実家に行って、機嫌の悪い母の話をひたすら聞いて、ちょっとした家事をして、そろそろ帰ろうかなと思ったときのことだった。
ありがとう、と受け取った。
それから、5分も経っていなかったと思う。
「はい、アイス代。3人家族だから1000円ね。」
また、千円札が出てきた。
さっきのことは、もう、ない。
これが認知症だと、頭ではわかっている。短期記憶が失われていく病気だと。でも、目の前でそれが起きると、なんとも言えない気持ちになる。
笑えた。母らしいな、と思って。
でも同時に、胸が痛くなった。
母が昔、言っていたことを思い出したから。
「おばあちゃんになったら、遊びに来てくれるたびに、1000円あげるね。だから、いっぱい来て。その度に顔が見れるから。」
今の私よりも若い母が、笑いながら言っていた言葉だ。
そのときは、なんとなく聞き流していた。そんな先の話、想像もできなかったから。
でも、今日、母は本当におばあちゃんになって、本当に1000円をくれた。
2回も。
約束、守ってくれてるじゃないか——そう思ったら、おかしくて、切なくて、どっちの感情が先なのかわからなくなった。
認知症になると、昨日のことも、5分前のことも、消えていく。
でも、若い頃に思っていたこと——娘にいっぱい来てほしい、顔が見たい——そういう気持ちは、どこかにちゃんと残っているのかもしれない。
母が私に1000円をくれるのは、覚えているからじゃない。でも、娘が来たら何かしてあげたい、という気持ちが、体に染みついているのかもしれない。
そう思ったら、2枚目の千円札が、少し違って見えた。
最初は、断っていた。いいよ、って。
でも今は、受け取ることにしている。
「さっきもらったよ」と言う日もある。そうするとお財布に戻す日もあるし、「いいじゃない」ともう一枚出してくる日もある。
毎回、違う。
今日来てよかったのかどうか、正直わからない。でも、来た。母の話を聞いた。千円札を、受け取った。
それで、いいんじゃないかと思うことにした。
千円の使いみち
もらった千円は、使わずに貯めておいた。
たまったら、外食に使った。
子どもの支払いで、急に現金が必要になることもある。うちには、現金を置いていない。そういうとき、母の千円に助けられた。
アイス代は、ちゃんと孫たちのために使われていた。
夏ごろから、くれなくなった
夏ごろから、母はアイス代をくれなくなった。
「はい、アイス代。3人家族だから1000円ね。」
あの言葉も、千円札も、もう出てこない。
調べてわかったこと——答え合わせ
5分前に渡したことを、もう覚えていない。これは、認知症の中核症状のひとつ「記憶障害」だ。
健康長寿ネット(公益財団法人 長寿科学振興財団)には、こう書かれていた。「新しいことを覚えられなくなり、さっき聞いたこと、したことを記憶することが難しくなります」。そして、「自分が子供の頃の記憶など、昔の出来事は比較的覚えています」とも。
新しいことは、すぐに消えていく。昔のことは、比較的残る。母が若いころに言っていた「1000円あげるね」が、母の中に残っていたのかどうか。それは、確かめようがない。
でも、何度も千円をくれた母の手は、たしかにあった。
(出典:健康長寿ネット「認知症の中核症状」)
📖 あわせて読みたい
👉 「財布はどこ?」で荒れた夕方、帰り際に母が差し出した1000円——認知症の母と、泣いた日
👉 認知症の妻に怒鳴られる夫——それでも怒らない父を見て、私が思うこと
👉 認知症介護で限界を感じたとき——私が自分を保つためにやっていること
📖 関連記事もどうぞ


コメント