母は今、認知症だ。お墓の話は、もうできない。
でも、困っていない。母がまだ元気だった60歳のころ、父とふたりでお墓を決めてくれていたからだ。
このことを、最近よく思い出す。「お墓の話なんて、まだ早い」——そう思って先延ばしにしがちなことこそ、話せるうちに決めておく意味があるのかもしれない。うちの両親のお墓探しの話を、残しておこうと思う。
分家の父と、「そのへんに撒いてくれてもいい」母
父は分家なので、先祖代々のお墓には入らない。だから、実家のそばで新しくお墓を探すことになった。母が60歳になったころのことだ。
母はもともと、お墓にこだわりのない人だった。「樹木葬でもいいし、そのへんに撒いてくれてもいいわよ」と言っていた。実家で最初に飼っていた犬の骨を撒いた散歩コースが、冗談まじりの候補に上がったこともある。母らしいな、と思う。
でも実際にお墓を探すとなったとき、ふたりは樹木葬の見学にも行ったらしい。行ってみると、みんな同じ場所に埋葬される共同墓地のような印象だったそうで、父のほうが「これは、ちょっと違うかな」と感じたようだった。
母は「私はそこまでこだわりがないから」と、父の気持ちに寄せた。結局、オーソドックスなこぢんまりとしたお墓を買った。永代供養付き。派手でもなんでもない、小さなお墓だ。
「子孝行だと思わない?」と、母は何度も言った
母が認知症と診断されたあとも、しばらくのあいだ、母はこの話をよくしていた。
「お墓が決まっててよかったでしょう。子孝行だと思わない?」
何度も、何度も。同じ話を繰り返すのは認知症の症状でもあるのだけれど、この話に関しては、母は本当に誇らしそうだった。自分たちで決めた。子どもたちに、お墓のことで迷惑をかけない。それが母の中で、ひとつの安心だったのだと思う。
ところが最近、ふと気づいたことがある。母はもう、お墓の話をしなくなった。それどころか、死ぬということそのものの話が、出なくなった。認知症は中期に入り、母の中で「先のこと」を考える力が、少しずつ薄れているのかもしれない。
「よかったでしょう」と言っていたことを、母はもう覚えていないかもしれない。でも、母が元気なうちにした選択は、母が忘れても、私たちを守り続けている。今の母に「どこに入りたい?」とは、もう聞けない。あのとき決めてくれていなかったら——と思うと、少しぞっとする。
家族信託のことを調べたときにも、同じことを思った。元気なうちにしか結べない契約がある。お墓も、たぶん同じだ。「まだ早い」と思っているうちにしか、話せないことがある(家族信託とは?費用・デメリット・成年後見との違い——間に合わなかった私が、今だから伝えたいこと)。
お墓の選択肢を、ざっくり知っておく
うちの両親が見比べたのは、大きく分けてこの3つだった。専門家ではないので、あくまで「うちが見たとき、こう感じた」という話として書いておく。
一般的なお墓(墓石を建てる)
昔からある形。石材店に相談して墓石を選び、霊園や寺院の区画に建てる。費用はいちばんかかるけれど、「ここに帰ってくる場所がある」という安心感は大きい。父が最終的に選んだのはこれだった。
樹木葬
墓石の代わりに、木や花を墓標にする形。費用は比較的おさえられ、自然に還るイメージで人気がある。ただ、うちの両親が見学した場所は「みんな同じ場所に埋葬される」印象が強く、父にはしっくりこなかった。場所によって形はさまざまなので、実際に見に行くのがいちばんだと思う。
永代供養
お墓を継ぐ人がいなくても、霊園や寺院が代わりに供養や管理をしてくれる仕組み。「一般的なお墓+永代供養付き」という形も選べる。うちの両親はこれにした。子どもや孫の代で誰も管理できなくなっても、無縁墓にはならない。
🪦 墓石を考えるなら——まずはカタログで見比べる
「いきなり石材店に行くのは気が重い」というときは、カタログを取り寄せて見てみるだけでも、イメージがつかめる。デザインや費用感を知っておくと、家族で話すときの材料になると思う。
391種デザイン×VR展示場!震度7対応の墓石をオーダーで【石屋千鳥】そして、自分の番のこと——実家のお墓に、娘は入れるのか
私は離婚している。でも実は、離婚する前から「私も両親のお墓に入れてね」と言っていた。元夫側のお墓のことが正直よくわからなかったこともあるし、なんとなく、そう思っていた。両親は「他の戸籍にいても入れるよ」と言ってくれていた。
離婚したあと、私は旧姓に戻り、自分が筆頭者の新しい戸籍を作った。そこに娘ふたりが入っている。両親とは別の戸籍だ。それでも本当に実家のお墓に入れるのか、あらためて調べてみた。
結論から言うと、法律の上では問題なかった。「墓地、埋葬等に関する法律」は、誰がどのお墓に入るかを決めていない。「夫婦は同じお墓に入らなければならない」という法律も、ない。実際に決めているのは、霊園やお寺ごとの使用規則だ。多いのは「お墓の名義人の親族に限る」という決め方で、その「親族」には、たいてい子どもや孫まで含まれる。戸籍が別でも、名字が違っても、親子の血のつながりは変わらない。だから、娘である私も、孫である娘たちも、範囲の中にいる。
ただし条件がふたつある。ひとつは、お墓の名義人(うちの場合は弟)の承諾。もうひとつは、霊園の規則で「親族の範囲」がどう決められているかを、一度確認しておくこと。この2つがそろえば、いい。父の「他の戸籍でも入れるよ」は、感覚として正しかった。
これを調べていて思い出したのは、ママ友との会話だ。「結婚してるけど、正直、旦那の家のお墓には入りたくない」——そう言う人が、意外と多い。口には出しにくいけれど、同じことを考えている人は、きっとたくさんいる。夫と同じお墓に入る「義務」は、実はない。それを知っているだけでも、少し気持ちが軽くなる人がいるんじゃないかと思う。
私には娘がふたりいる。娘たちに、お墓のことで負担をかけたくない。そう考えると、やはり両親のお墓に入るのがいいのかもしれない、と思っている。
でも正直に言うと、私が気になっているのは、お墓よりも「その手前」のことだ。元気に過ごして、さくっと死ねればいいけれど、なかなかそうはいかないだろう。母を見ていると、そう思う。だから私の一番の目標は、娘たちに迷惑をかけない老後を、ひとりで過ごせるようにしておくこと。お墓は、そのいちばん最後にある話でしかない(娘に「ボケたら許さないから!」と言われた私がやっていること)。
「まだ早い」と思っているうちが、いちばん話しやすい
両親がお墓を決めたのは、母が60歳のとき。まだ何も起きていない、元気なころだった。だから、笑いながら話せた。犬の散歩コースの話も出た。
もし今から話そうとしたら——たぶん、無理だ。母は「先のこと」を考える力を、少しずつ手放している。あのとき決めてくれた両親に、私はいま、心から感謝している。
お墓の話は、まだ早い。そう思っているうちが、いちばん話しやすいのかもしれない。

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