認知症の母と買い物に行くということ——「早くお金払って」と、母は言った

「早くお金払って」母は、店員さんにカゴを渡した 介護の知識

台風の日だった。

雨の中、娘の用事で服屋に行くことになって、ついでに母を誘った。外に出るのが目的みたいなものだ。ドライブがてら、少しだけ気分が変わればいい。そのくらいの気持ちだった。

母が、自分の服を見はじめた

店に入ると、母は自分の服を見はじめた。孫が一緒だったのが、うれしかったのかもしれない。

何でもかんでも欲しがるわけではない。手に取って、私が「それ、家にいっぱいあるでしょう」と言うと、すんなり棚に戻す。また別のものを手に取って、また戻す。それを何度か繰り返して、最後に靴下とTシャツを買うことになった。

娘が試着することになったら、母も同じものを欲しがった。それはさすがに止めて、二人で笑った。

ここまでは、平和だった。

母が、店員さんにカゴを渡した

試着スペースの前で待っているときだった。

母が、通りかかった店員さんに、持っていたカゴを渡してしまった。

お会計の場所だと思ったのだと思う。店員さんは戸惑った顔をしていた。そして母は、私に向かってこう言った。

「早くお金払って」

——母は、ちゃんと会計をしようとしていた。カゴを店員さんに渡して、娘に支払いを促す。手順としては、何ひとつ間違っていない。

ただ、そこは会計の場所ではなかった。それだけだった。

私は軽く謝って、カゴを返してもらった。

あとから知ったことがある。認知症でみられるのは記憶の障害だけではない。国立長寿医療研究センターの説明には、症状のひとつとして「知っているはずの場所で迷う」ことも挙げられている。

これは、外で道に迷うことだけを指すのではないのだと思う。入り慣れた店の中で、「どこが会計の場所か」が分からなくなることもある。

母は、間違えたのではなかった。正しい段取りを、違う場所でやろうとしていた。

家の中でお金の混乱が起きることは、これまでにも何度もあった。財布が見つからない、盗られた、隠した場所を忘れる(認知症の親がお金を隠す——よくある隠し場所と対応のコツ【介護経験者が解説】)。

でも、外の、他人がいる場所で起きたのは初めてだった。

「いらっしゃいませ」が、全部、自分に向けられていた

そのあとが、いちばん切なかった。

店員さんが、別のお客さんに「いらっしゃいませ」と声をかける。そのたびに母は、自分が呼ばれていると思った。

「お金払わなきゃ」と焦って、そわそわして、とうとう店員さんに向かって言った。

「もう、ちょっと待ってて」

私は言った。「お母さんに言ってるわけじゃないよ」。

母は、泣きそうな顔になった。

「もう嫌だ」

——怒っているのではなかった。恥ずかしかったのだと思う。自分がずれていることは、たぶん分かっている。分かっているのに、どうずれているのかが分からない。

居た堪れなかった。

店員さんにも変に思われたかな、なんて、どうでもいいことまで頭をよぎった。そして、変わってしまった母を、あらためて突きつけられた気がした。

立ち直らせたのは、私の言葉じゃなかった

どう声をかけよう、と思っているうちに、娘が試着室から出てきた。

母の気持ちは、そこで切り替わった。

孫の姿を見て、服の話になって、さっきのことはもうどこにもなくなっていた。説明でも、なぐさめでもなく、目の前に起きた別のことが、母を連れ戻した。

これは、うちで何度も見てきた形だ。言葉で立て直そうとすると失敗する。話題が変わると、勝手に落ち着く(認知症の母が急に怒る——わが家で見つけた「3つの引き金」と、効いた対応)。

正直に言えば、あのとき私は何もできなかった。できたのは、その場から連れ出さなかったことくらいだと思う。

家に帰ってからの、お金の攻防

お店では、結局私が立て替えて払った。そのときは、母も何も言わなかった。

それが、家に帰ってから蒸し返された。

父が払おうとする。母は「自分が払う」と言う。でも、実際には払わない。財布を出すところまでいかない。

私が「お父さんに払ってもらえばいいじゃない」と言うと、母は怒った。

「自分のものは、自分で買いたい」

これは、よく分かる。ずっとそうやって生きてきた人だ。人にお金を出してもらうのが嫌いで、むしろ人に買ってあげるほうの人だった。

誇りは残っているのに、段取りのほうが先に難しくなる

ここに、うちがずっとつまずいてきたことの正体がある気がしている。

誇りは、まだちゃんと残っている。「自分のものは自分で買う」「人に出してもらうのは嫌だ」という、その人らしさの部分は、いちばん最後まで残る。

残っているのに、財布の中身を数える、レジで待つ、お金を出す——そういう段取りのほうが、先に難しくなっていく。

気持ちだけが元のままで、体と段取りが追いつかない。

このズレが、たぶん怒りの正体なのだと思う。できないことを指摘されて怒っているのではなくて、できるはずの自分と、できない自分のあいだで、いちばん困っているのは本人なのだ。

店で「もう嫌だ」と言ったときの顔も、たぶん同じところから来ていた。

そして、オチがついた

しばらくして、私はもう一度言ってみた。「じゃあ、お父さんに買ってもらったら?」

母は言った。

「こんな安いもの、嫌だ。もっと高いのを買ってもらいたい」

——笑ってしまった。

買ってもらうのは嫌じゃなかったんかい、と思ったし、それなら最初からそう言ってよ、とも思った。でも同時に、うれしかった。

そういうことを言う人だった。昔から、ちょっと欲張りで、ちょっとお茶目で、そういうところがある人だった。

認知症になっても、そこはまだ、ちゃんと母だった。

うちが、いまやっている二つのこと

立派な工夫があるわけではない。うちがやっているのは、この二つだけだ。

ひとつ。支払いは、私がする。

レジで母に財布を出してもらうのは、もうやめた。並んで、待って、金額を聞いて、お金を数えて出す——この一連が、いまの母にはいちばん難しい。できないところで踏ん張らせない。それだけで、店の中で母が焦る回数はぐっと減る。

ふたつ。ひとりにしない。誰かが必ず、そばにいる。

あの日の混乱も、私が試着室の前で待っている数分のあいだに起きた。店の中で母がひとりになる時間を作らない。ほんの数分でも、母にとってはそこが不安の入り口になる。

正直に書くと、この二つは、さっき書いた「誇り」とぶつかる。母は「自分のものは自分で買いたい」人だから。

だから、うちのやり方が正解だとは思っていない。いまのところ、母が困る回数がいちばん少ないのがこの形だ、というだけだ。母がもっと元気だった頃なら、たぶん違うやり方をしていた。

買い物は、まだやめなくていいと思っている

母は、買い物が好きな人だった。私と出かけるのが好きで、「買っちゃえば?」と背中を押してくれる人だった(お母さん、一緒に買い物に行けなくなったね——認知症と気づく前の日々と、今のこと)。

いまは、支払いの場所が分からなくなる。他人の「いらっしゃいませ」が自分に刺さる。付き添う私は、正直、ちょっと気を張る。

それでも、連れて行くのをやめようとは思っていない。

店で困ることは起きる。でも、家にいるだけの一日より、母は確実に生き生きしている。混乱は起きたけれど、母はあの日、自分の服を選んで、自分で「これがいい」と決めた。

うちが外出のときに気をつけていることは、別の記事にまとめている(認知症の母と、2時間出かけられた——わが家の「先回り段取り」5か条)。困ったことが起きる前提で、段取りだけ整えておく。それくらいがちょうどいい。

次に行くときも、たぶんまた何かが起きる。

そのときは、また軽く謝って、カゴを返してもらえばいい。

参考にした資料

もの忘れと認知症|国立長寿医療研究センター
認知症でみられる認知機能の障害として、もの忘れのほかに「視覚認知・視空間認知の障害(知っている人の顔や物がわからない、知っているはずの場所で迷う)」などが挙げられています。

※この記事は、認知症の母を介護している家族としての体験と、調べたことをもとに書いています。症状の出方には個人差があります。お店での支払いが難しくなってきたときは、家族が付き添う・支払いを代わる、持ち歩く現金を少なめにするといった工夫のほかに、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談すると、地域の事情に合わせた方法を教えてもらえます。

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