認知症の母が急に怒る——わが家で見つけた「3つの引き金」と、効いた対応

介護の知識

「さっきまで、普通だったのに」——母がいないところで、家族が何度も口にしてきた言葉だ。

ついさっきまで普通に過ごしていた母が、スイッチが入ったように怒り出す。物が飛ぶ。「死ね」と言われる。何がいけなかったのか分からないまま、家族みんなが疲れていく。

先日、母の受診に合わせて、2週間毎日「母の様子メモ」をつけた。いつ怒ったか、直前に何があったか、どう収まったか。それだけを書き続けたら、思いがけないものが見えてきた。母の怒りには、はっきりした「引き金」があったのだ。

引き金①「自分だけ予定から外される」

ある日の夕方。母はずっと機嫌よく過ごしていた。きっかけは、母自身が父に聞いたひとことだった。「お父さん、明日の予定は?」「うーん、いろいろあるよ。明日は孫の病院に付き添うんだ」「お母さんは?」「お母さんは、デイの日でしょ」。——その直後、母は豹変した。「なんであんただけ好き勝手するの」。ペットボトルが飛んだ。

自分から予定を聞いたのに、答えを聞いた瞬間に怒り出す。母には、話の中身より先に「自分だけ置いていかれる」という感覚が届いたのだと思う。予定を伝えたつもりが、母の耳には「仲間はずれの宣告」に聞こえた。

このとき効いたのは、説得しないことだった。「デイには2度と行かない」と言い張る母に、行く理由を説明するのはやめて、「明日のことは明日考えよう」と先送りにして、別の話題に変えた。時間はかかったけれど、怒りは急に消えた。そして翌朝、母は普通にデイに行った。前の晩の拒否は、翌朝に持ち越されなかった。

引き金②「責められている、と感じる」

玄関の除湿機の水受けケースが、外れたままになっていた日のこと。私は誰も責めるつもりなく、「(ケース)入れようかね」と言っただけだった。母は強く怒った。

あとから気づいた。母はあの一言を「あなたがケースをどこかにやったんでしょう、と責められた」と受け取ったのだ。こちらに責める気持ちがゼロでも、関係ない。母の中では、何気ない一言が非難に変換されてしまうことがある。

だから今は、モノの話をするときは「困ったね、一緒に探そうか」と味方の位置から言うようにしている。正しい状況説明より、「あなたを責めていない」が伝わることのほうが、ずっと大事だった。

引き金③ 希望を「ダメ」と正面から否定される

買い物から帰った父が、母が出しっぱなしにしていた食料品を片づけ始めていた。そこへ母が「コーラちょうだい」。父は「ぬるいよ」と答えた。ぬるくなったのは母が出しっぱなしにしていたからなのだが、母は少しイラッとして、「じゃあ冷凍庫に入れて」。父は「冷凍庫なんてダメだ」と難しい顔で返した。正論だ。炭酸のペットボトルを冷凍庫に入れたら、破裂しかねない。でも母はそこから急に不機嫌になり、しばらく続いた。

母の希望の中身は、本当は「冷たいコーラが飲みたい」だけだった。氷を入れれば叶う話だった。「ダメ」と言わずに「氷を入れて飲もうか」と言えていたら——正論は間違っていないのに、否定形で返した瞬間だけが引き金になる。

3つに共通する根っこ

並べてみると、3つの引き金はぜんぶ同じところにつながっている。「自分が軽く扱われた」と感じた瞬間に、母の怒りは着火する。

認知症になると、出来事そのものはすぐに忘れてしまう。でも、感情は残る——介護の世界でよく言われることだが、実はちゃんとした研究の裏付けがある。

アメリカ・アイオワ大学の研究(2014年)では、アルツハイマー病の人に悲しい映画と楽しい映画を見てもらった。すると、映画の内容を思い出せなくなったあとも、悲しい・楽しいという感情はしばらく続いたそうだ。研究チームはこう指摘している——本人が思い出せなくても、家族の訪問や周囲の対応は、その人の感情に影響を与え続ける、と(出典:アイオワ大学・2014年発表)。

しかも、怒りという感情はとりわけ根深いらしい。怒りや恐れを一瞬で判断しているのは、脳のいちばん古い部分「扁桃体(へんとうたい)」——爬虫類にもある原始的な脳の部位で、危険を察知して身を守るために働いてきた。事実を覚えておく脳(海馬)が認知症で先に弱っていくのに対して、この古くて頑丈な「感情の脳」は最後まで働き続ける。怒りは、いちばん原始的な感情だからこそ、いちばん最後まで残るのかもしれない。

母が「何があったか」を忘れても、「軽く扱われた感じ」だけは胸に残る。事実の記憶が消えていく分、感情のほうが敏感になっているのかもしれない。そう思うと、3つの引き金の正体が腑に落ちた。

わが家で効いた対応・5つ

2週間のメモから、効いた対応だけを集めるとこうなった。

  1. 話題転換——怒りの真っ最中に、まったく関係ない話をする。父が「蚊がいるな」と言っただけで母の態度が急に変わった日もあるし、犬の粗相で場の空気が変わった日もある(犬、ありがとう)
  2. 気持ちに返事する——事実の訂正はしない。「そうなんだ、悲しいね」と感情のほうに返事する
  3. 代替案を出す——「ダメ」と言わず「こうしようか」。否定形を使わないだけで着火率が下がる
  4. ボールを預かる——「連絡しようかな」「やらなきゃ」と言い出したら、「私がやっておくね」で預かる。預かったボールは、たいていそのまま静かに消える
  5. 先送りする——「明日のことは明日考えよう」。認知症の怒りは、翌朝に持ち越されないことが多い。今夜勝たなくていい

どれも共通しているのは、「正しさで勝たない」ということだと思う。

母も、闘っている

最後に、メモをつけていて一番忘れられなかった場面の話を。

ある日、イライラしている母が、自分から深呼吸をしていた。どうしたのかと思ったら、母はこう言った。

「ため息をつかないと、お父さんに何するかわからないから」

母は、自分の怒りに気づいている。そして自分なりに、抑えようとしている。怒りに飲み込まれているのは母自身で、一番闘っているのも母なのだ。それに気づいてから、爆発のあとで母を見る目が、少しだけ変わった。

それでも限界な日は

引き金がわかっても、対応の技があっても、うまくいかない日はある。物が飛んでくる日に冷静でいられる人はいない。

そういうときのために、逃げ道を用意しておいてほしい。地域包括支援センターやケアマネさんへの相談。そして、家族が休む時間をつくる介護保険外のサービスもある。

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