認知症の母がしまい込んだ通帳を、母の前で渡したら泣いた——見つけたのに、誰も「よかった」にならなかった

見つけたのに、誰も「よかった」にならなかった——認知症の母がしまい込んだ通帳を、母の前で渡した日 母のこと

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母の服の入れ替えをしていた日のことだ。

洋服部屋の服の中から、通帳と、まとまった現金が出てきた。

母の年金が振り込まれる銀行の通帳だった。2か月に1回は、下ろしに行く通帳だ。

母は、きっと探している。そう思って、いったん父の引き出しに入れておいた。

引き出しに入れたまま、罪悪感が消えなかった

この通帳は、父が預かったほうがいい。それははっきりしていた。母は、通帳をしまい込んでは、見つからなくなる。前にも書いたとおり、何度も再発行をしてきた(認知症の母の通帳を、家族が管理するまで)。

客観的に見れば、これで済む話だった。父の引き出しに入れておいて、あとで父にLINEしておけばいい。

母は、どうせ忘れてしまう。それも、わかっていた。

でも私は、罪悪感を覚えてしまった。

母のものを、母の知らないところで、父に渡す。母は、通帳が見つかったことさえ知らないままになる。それが、母をだましているような気がした。

片付けをしながら、いろいろ考えてしまった。

近ごろの母は、前ほど強く怒らなくなっていた。今なら、できるんじゃないか。母が納得したうえで、父が預かる。その形を、母の目の前で。

「この通帳、探していたでしょ」

父も母もいるところで、私は言った。

「この通帳、探していたでしょ」

母は、泣いてしまった。

母は、父に盗まれると思っているわけではない。それでも、「全部取られる」とは言っていた。

それでも、母はそこまで怒らなかった。いろいろな話をするうちに、通帳と一緒に入っていた現金の話になった。

昔なら、ここで母が私にお小遣いをくれるような流れになる。一瞬、そんな空気になった。父が「買い物、行かないの?」と言って、母のそばにある、通帳の入ったポーチを見た。

母は、何も言わなかった。顔は、複雑だった。

二つの「情けない」

通帳は見つかった。本当なら、「よかったね」で終わる話だった。

でも、母の気持ちは、父のほうに向いた。

通帳を見つけたのは私で、父は何もしていない。それでも母にとっては、通帳が父の手に渡ること、つまり「取られる」ことのほうが大きかったのだと思う。

母は、涙を流しながら言った。

「情けない」

父は、まるで通帳を取る人のように言われてしまった。そして、ぽつりとこぼした。

「情けない」

同じ言葉なのに、きっと中身は違う。母は、自分のお金を自分で持っていられないことが。父は、何十年も一緒にいた人に、取る人のように言われたことが。

この感じは、なんなんだろう。誰も悪いことはしていない。それなのに、二人とも傷ついていた。

5日後、父に言われたこと

5日後、実家に行くと、父に言われた。

「次に見つけたら、お父さんに渡してほしい」

私は「はい、わかった」とだけ答えた。

結局、あの通帳は、母がまたどこかへやってしまった。洋服部屋を探してみたけれど、見つからない。下に母がいるから、思いきり探すこともできない。

父に言われてから10日くらいして、今度は母に言われた。

「お母さんの通帳がないのよ」

やっぱり、母は忘れていた。あの日、目の前で渡したことも、泣いたことも。

わかっていたことなのに、少しだけ、力が抜けた。

調べてわかったこと——答え合わせ

あの涙はなんだったのか。答え合わせがしたくて、調べてみた。

なくなるものは、お金と財布がいちばん多い

認知症の人が「盗られた」と言うことについて、仙台市立病院の医師たちが、入院した患者さんを調べた論文がある。2002年のものなので、「認知症」ではなく、当時の「痴呆」という言葉が使われている。まとめには、こう書かれていた。

盗まれた物としては、お金と財布がもっとも多く、同居親族が犯人とされる傾向が強かった。

同じ論文は、別の医師の見方も紹介している。

自分があてにし頼りにしていたものがなくなる不安が、老人の生きていけるかいけないかの不安に合致

(出典:浅野弘毅ほか「老年期痴呆の精神病理(第4報)物盗られ妄想」仙台市立病院医誌 22,25-30,2002)

うちの母が、これにそのまま当てはまるのかは、わからない。でも、母にとって通帳は、ただの紙ではないのだと思う。自分で暮らしていける、という気持ちそのものなのかもしれない。だから、目の前で手を離れていくのを見るのは、つらかったのだと思う。

国のガイドラインには、「焦らせない」とあった

厚生労働省は、認知症の人が自分で決めることを支えるための指針を出している。最初に書かれていたのは、こういうことだった。

認知症の人が、一見すると意思決定が困難と思われる場合であっても、意思決定しながら尊厳をもって暮らしていくことの重要性について認識することが必要である。

母の前で、母の納得を待つ。私がやろうとしたことは、方向としては、間違っていなかったのだと思う。

でも、同じ指針には、こうも書かれていた。

本人と時間をかけてコミュニケーションを取ることが重要であり、決断を迫るあまり、本人を焦らせるようなことは避けなければならない。

あの日の私は、通帳を見せて、その場で「父が預かる」を決めようとしていた。母から見れば、急に答えを迫られたのと同じだったのかもしれない。

家族のことも、書かれていた。

家族は、本人の意思に向き合いながら、どうしたらよいか悩んだり、場合によっては、その本人の意思と家族の意思が対立する場合もある。

(出典:厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」平成30年6月)

悩むのは、家族として当たり前のことなのだと、少しほっとした。

次からは、引き出しに入れて、父にLINEする

あのときの私は、まだ母を信じていた。自分で納得して、預けてくれるんじゃないかと。綺麗事を思っていた。

母のことを思っているようで、気持ちは、自分の罪悪感のほうに向いていた。そして結局、父も母も、傷つけてしまった。

なぜ、父の引き出しに入れたままにしておかなかったのか。今でも、考えてしまう。

母の涙を見たあとでは、同じことはもうできない。

母の目の前で渡すと、母は二つのことを一度に見ることになる。見つけてもらった自分と、手から離れていくお金と。

だから次からは、母に悪いなと思っても、父にこっそり渡す。見つけたら父の引き出しに入れて、あとでLINEで知らせる。はじめに「客観的に見れば」と思った、あのやり方だ。父に言われる前に、私の中ではもう決まっていた。

内緒にするのは、母を裏切ることではない。つらい瞬間を、一つ減らすやり方なのだと思う。

次に引き出しに入れるときも、きっと罪悪感は覚えると思う。それでも、そうする。

「私が探してもいい?」

通帳は、まだ見つかっていない。

母に、聞いてみた。

「私が探してもいい?」

母は、「お願い」と言った。

聞かれたことも、きっと母は忘れてしまう。それでも、「お願い」をもらってから探したかった。

夏に母のLINEの履歴を消したときも、母の「そうね」をもらってからだった(認知症の母が、スマホを使えなくなるまで)。

ゆっくり、探していこうと思っている。

※この記事は、認知症の母のそばで手伝っている娘としての体験をもとに書いています。お金や通帳のことで困ったときは、主治医やケアマネジャー、地域包括支援センターに相談してみてください。

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