次の診察に、私は行けない。仕事だ。
だから代わりに、一枚の紙を診察室に行かせることにした。
前回の記事に書いたとおり、母の主治医は言ってくれた。「2週間後、薬が合っているか経過を確認しましょう。ご家族だけで結構です」——本人抜きの受診も、手紙やメモで様子を伝えることも、特別なお願いではないと知った、あの日だ。
(→ 認知症の親のこと、医者に本音を伝えられない——「本人が隣にいると言えない」を越える方法)
でも、その診察に私は同席できない。付き添うのは、診察室で「なんて言ったらいいかわからない」とこぼした父だ。それなら、話すのが得意じゃない父が、渡すだけで済むものを持たせればいい。
じゃあ、その「渡す紙」には何をどう書けばいいのか。
今回は、私が実際に作った「医者への一枚」を、ほぼそのままお見せします。1週間書き続けてみて気づいたこと——正直、自分でも驚いたこと——も一緒に。
書くのは3つだけ——きっかけ・何をしたか・どう収まったか
様子メモというと、身構えてしまう。私も最初はそうだった。毎日つけなきゃいけないのか、医療の言葉で書かなきゃいけないのか、と。
でも、先生が知りたいことは、突き詰めると3つらしい。
- きっかけ——何の直後に起きたか(予定の話をした、デイから帰った、など)
- 何をしたか——できるだけ具体的に。「ひどく怒った」より「物を投げた」「叩いた」
- どう収まったか——時間が経ったら消えたのか、話題を変えたら収まったのか
この3つが書いてあると、先生は「症状の強さ」と「薬で調整できそうか」を判断できるのだそうだ。逆に「大変でした」「つらかったです」だけでは、気持ちは伝わっても、診察の材料にはなりにくい。
感情は診察室で顔を見て伝わる。紙には、事実を書く。そう割り切ったら、ずいぶん書きやすくなった。
実物例:私の「一枚」
実際に私が作ったものを、少し整えて載せます。A4一枚に収まる分量です。
母の様子メモ(7月・薬を変更してからの経過)
※私が見られるのは主に夕方です。日中の様子はデイサービスの連絡帳をご参照ください。
7/2(木) 日中は比較的穏やか。17時頃、入浴後に急に怒り出す。テーブルを蹴る、濡れたタオルで父を叩く。「死ね」「殺す」と父に言う。
7/4(金) 17時20分、デイから帰宅後に機嫌が悪い。扉を強く閉める、物を投げる。
7/5(土)・7/6(日) 落ち着いているように見える。
7/7(月) 夕方までは機嫌よく穏やか。翌日の予定(父が孫の病院に付き添い、本人はデイ)を聞いた直後に急変。ペットボトルを父に投げ、制止した私をリモコンで叩く。「デイにはもう行かない」。説得はせず、「明日のことは明日考えよう」と話題を変えたところ、時間はかかったが怒りは急に消えた。
7/8(火)朝 機嫌は良好。前夜の「行かない」は持ち越さず、デイに行けた。服の組み合わせがチグハグで、裏表に着ていることがあった。
生々しくて、載せるかどうか迷った。でも、きれいに整えた「お手本」より、本物のほうが参考になると思うので、そのまま載せます。
ポイントは、冒頭の一行。私はフルタイムで働いていて、母を見られるのは夕方だけだ。全部を見張ることはできない。だから最初に「見られるのは夕方だけです」と断りを入れた。足りない部分を取り繕うより、観察できる範囲を正直に書くほうが、先生も情報の位置づけがしやすいはずだ。
日中の分は、デイサービスの連絡帳がある。プロが毎回書いてくれている記録を、そのまま持っていけばいい。あとは、平日に実家へ寄ってくれる弟から聞いた分。家族で分担して、見えた範囲を持ち寄る——一人で完璧なメモを作る必要は、なかった。
書き続けたら、パターンが見えた
そして、これが一番書きたかったことだ。
1週間分を並べて、気づいた。爆発は、ぜんぶ夕方の17時前後に起きている。
7/2は17時頃。7/4は17時20分。7/7も夕方。日中は穏やかなことが多くて、怒りは急に始まり、収まるときも急に消える。
一日一日は、ただ嵐に耐えているだけだった。でも紙の上に並べると、バラバラだった出来事に線がつながった。調べてみると、認知症では夕方に症状が強く出る方は珍しくないらしい。それなら、薬の時間帯や量で対応できる可能性もあるのかもしれない——これはまさに、先生に聞くべきことだ。
だから私の「一枚」の最後には、質問も書き足した。
- 薬を変えてから、怒りが週3回ほど・夕方に集中している。これは想定の範囲か
- 夕方に集中していることと、薬の時間帯は関係があるか
- 服の着方の混乱(チグハグ・裏表)は、進行のサインとして診てもらえるか
聞きたいことは、その場では思い出せない。診察室では、人は小さくなるから。だから質問も、紙に書いておく。
そして、質問の下には空欄を作った。「先生のお答えをここにメモしていただけると助かります」と添えて。
私はその場にいない。父に「あとで詳しく教えて」と頼むのは、たぶんお互いに負担だ。でも、答えを書き込む欄があれば、父は埋めるだけでいいし、先生が直接書いてくれるかもしれない。紙は、行きだけじゃなく、帰りも運んでくれる——そう期待して、送り出すことにした。
調べてわかったこと——専門家の答え合わせ
見よう見まねで作った一枚だった。これで合っていたのか、国立長寿医療研究センターが家族向けに出している資料を読んで、答え合わせをしてみた。
ひとつめ。紙に書いて先生に渡すのは、すすめられていること。
家族向けのパンフレットには、認知症の薬の副作用は人それぞれなので、「普段の生活の変化をノートに書き残し、くすりの効果・副作用の経過を観察する必要があります」とあった。そして「ノートを主治医に提出し、治療の経過をみてもらうとよいでしょう」とも(『認知症を患う人を支えるご家族の方へ』)。そこで紹介されているノートは、薬を飲んだ時間と症状を一緒にチェックできる形になっていた。「夕方に集中していることと、薬の時間帯は関係があるか」という私の質問は、的外れではなかったらしい。
ふたつめ。「きっかけ」を書く意味。
同じセンターの家族教室のテキストでは、怒りや不安などの症状の原因として、体の不調(脱水や便秘など)、薬(新しく飲み始めた、急にやめた)、「状況に合わない対応を受けた(怒られた、やめさせられた等)」、騒音や明るすぎる場所などが挙げられている。対応は「原因になっている要因の確認と調整」だ(『認知症を知る』)。「何の直後に起きたか」を書いておくのは、この原因探しの材料になるのだと思う。
みっつめ。夕方に強く出るのは、名前のついた状態だった。
センターのQ&Aには、日中は穏やかなのに夕暮れ時になると落ち着かなくなる状態を「夕暮れ症候群」と呼ぶ、とあった。原因は確定していないが、一番大きな要因は睡眠と覚醒のリズムの乱れと考えられていて、介護者が夕方に疲れた顔をしているのを見て不安になる、という心理的な要因もあるらしい。対応としては、暗くなる前に早めに明かりをつける、昼寝を制限する、日中に日光を浴びる、などが挙げられていた(「認知症の人と上手に向き合うために」)。
ただ、「きっかけ・何をしたか・どう収まったか」の3つに絞る書き方そのものは、資料には見当たらなかった。これは、うちで書きやすいように決めた形だ。
まとめ——一枚が、診察を変える(はず)
- 書くのは3つ:きっかけ・何をしたか・どう収まったか
- 感情より事実。「ひどい」より「叩いた」
- 見られる時間帯を正直に書く。足りない分は連絡帳と家族で持ち寄る
- 並べると、パターンが見えることがある
- 聞きたいことも、一緒に書いておく。答えを書き込む欄つきで
この一枚は、私の代わりに、父と一緒に診察室へ行く。どんな答えを持って帰ってきてくれるか——うまく聞けたら、またここで報告します。
同じように、「本人の前では言えない」と診察室で立ち止まっている方へ。そして、仕事や距離で「そもそも付き添えない」方へ。うまく話せなくていい。その場にいられなくてもいい。話せない・行けないことを前提に、渡せる一枚を作っていく——その作り方の、参考になりますように。
その後——答えは、わからないまま
あの一枚は、父に託した。
先生が何と答えたのか、空欄に何か書いてくれたのか。正直に言うと、私にはわからない。
メモは、誰かに頼まれて書いているものではない。私が、自分からやっていることだ。だから、答えが返ってこなくても仕方がない、と思っている。
「うまく聞けたら、報告します」と書いたのに、報告できなくてごめんなさい。
それでも、書くのはやめない。病院で父と弟と私が顔を合わせたとき、「メモは私が書く」と決めたからだ。
行けない私が書いて、父が持っていく。これが、うちの形だ。
私は、続けるだけだ。
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