「ながくは続かない」と自分に言い聞かせた、介護の辛い時期

母のこと

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これが私の人生最大の危機なのかもしれない、と思っていた時期がある。

親のこと、元夫のこと、子どものこと——いろんなことが一度に重なって、どこから手をつければいいかもわからなかった。

弟という、静かな支え

私には、年の離れた弟がいる。

小さいころは私が世話を焼いていたけれど、思春期には親に迷惑をかけることもあって、当時は手を焼いたこともあった。でも今は、両親にとっても私にとっても、本当に頼りになる存在だ。

普段はそんなにしゃべらない。でも、「居てくれる」と思えるだけで、不思議と心が落ち着く。

その日、母に言われた言葉

10月のある日、母にこう言われた。

「こんどやられたら殺してやる」「したいことは死ぬこと」

認知症の症状からくる言葉だとわかっていても、正面から受け止めてしまう。こういう言葉が出るのは、母の中に何か大きな不安や怒りが積もっているからだろう。でも、毎回うまく受け流せるわけじゃない。

同じ日、元夫から養育費の連絡もなかった。支払いも、話し合いへの応答もない。

落ち込もうと思えば、どこまでも堕ちていける気がした。

母と父の間で起きていることは、認知症の母と、怒鳴る父と、疲れ果てた私の話。にも書いています。

「ながくは続かない」——弟の言葉

そんな夜、弟がこう言った。

「こんなに辛いのは、ずっとは続かないから。がんばれ」

何年か前にも、途方に暮れていたときに同じ言葉をもらった。あのときも、数ヵ月経ったら状況が劇的に変わったわけじゃない。でも、気持ちはずいぶん楽になっていた。

「長くは続かない」というのは、「もうすぐ終わる」という意味じゃない。「今がピークだ」という意味でもない。ただ、時間は必ず流れていくし、今の重さがずっとそのままであり続けることはない——そういう、静かな事実のことだと思う。

やるべきことを、淡々と

だから今回も、やるべきことを淡々と進めていこうと思った。

前を向いて、しっかり生活していけば、なるようになる。ずっとずっと辛いわけじゃない。

だから、明日も頑張る。それだけだ。

ちなみに、このあと実家には週3回の配食サービスを入れた。毎日の食事の準備がひとつ減るだけで、家の空気はずいぶん変わった(配食サービスを入れて変わったこと——おかずだけ頼む、うちのやり方)。

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介護と向き合うなかで感じたことは、認知症の薬をやめる?主治医に相談して気づいたことにも書いています。

——それから11か月が経った(2026年9月の追記)

この記事を書いたのは、2025年の10月だ。あれから11か月が経った。

いま、追記しておきたいことがある。

弟の言葉は、正しかった。

あのころの母は、「こんどやられたら殺してやる」と言う人だった。怒り出すと止まらなくて、こちらは何を言っても火に油だった。

いま、どうなっているか。

薬が合ってきた。主治医と相談を重ねて薬を変えてから、怒りの天井が明らかに下がった。ゼロにはならない。でも、以前なら爆発していた場面で、黙って引き下がる日が出てきた。

デイサービスに、自分から行くようになった。最初は泣いて、怒って、玄関で押し問答だった。それがいまは、迎えの時間を気にして自分から待っている。

食事の準備を、家から少し外に出した。週3回、おかずだけ届けてもらう形にした。父の負担が減って、母が「ご飯を作らなきゃ」と焦る回数も減った。

そして、こんな日があった。

父がパンを勧めて、自分のカレーを用意した。母はパンを食べたあと、なぜか父のカレーの前に座った。父が「あんた食べないって言ったでしょ。これ俺の」と言った。

以前なら、間違いなく怒っていた場面だ。

でも母は怒らなかった。「混ぜてあげたのよ」と、ちょっと意地悪っぽく言って、またパンを食べはじめた。

——笑って終われる日が、戻ってきた。

「ながくは続かない」は、「治る」という意味じゃなかった

ただ、はっきり書いておきたい。母の認知症は、良くなってはいない。

できないことは、この11か月でむしろ増えた。買い物先で、会計の場所が分からなくなったこともある(認知症の母と買い物に行くということ——「早くお金払って」と、母は言った)。食べたことを、まるごと忘れる日もある(認知症の母が「ごはん食べてない」と言う——食べた記憶だけが、抜け落ちていく)。

それでも、あのころより楽になっている。

つまり弟の言った「ながくは続かない」は、「病気が治る」という意味ではなかった。

いまの重さが、そのままの形では続かない——そういう意味だった。

辛さの中身は、時間とともに入れ替わっていく。母も変わる。こちらの受け止め方も変わる。薬が合うこともあるし、使えるサービスも増えていく。だから、いちばん重い日の形のまま、ずっと続くということは、たぶん起きない。

11か月前の私は、それをまったく信じられなかった。

でも、弟は正しかった。

まだ、お礼を言えていない

ひとつ、告白しておく。

私はまだ、弟に「あのとき、ありがとう」と言えていない。

言うタイミングを逃したまま、11か月が過ぎてしまった。あらたまって言うのも照れくさいし、弟はきっと「そんなこと言ったっけ」と言うと思う。

それでも、あの一言がなかったら、あの秋の私はもっと沈んでいた。

だから、ここに書いておく。

いま、あのころの私と同じ場所にいる人へ

もしいま、どこから手をつければいいか分からない場所にいるなら。

いまの重さが、この先ずっと同じ形で続くとは思わなくていい。

状況が劇的に良くなるとは言えない。無責任なことも言いたくない。それでも、11か月後の私は、あのころより確実に笑っている。

やるべきことを、淡々と。今日を、なんとか越える。それだけで十分だと思う。


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