介護と子育てに引き裂かれて——「ダブルケア」と、子どもへの影響に気づいた日

介護の知識

娘の様子に、ハッとした日

私には二人の子どもがいて、一人はまだ小学生だ。

ある日、その娘が、友達とのいさかいの中で、思わず物騒な言葉を口にしてしまったことがあった。相手の子は、きっと怖かったと思う。本当に申し訳なかった。

でも私は、「うちの子に限って」とは思わなかった。むしろ、ハッとした。思い当たることが、ありすぎたから。

「殺す」「刺す」が、日常にある家

母は認知症で、日常的に「殺したい」「刺してやる」といった激しい言葉を口にする。目の前で父にそれを向けることもある。大好きなおばあちゃんの口から、そういう言葉が、毎日のように聞こえてくる。

娘にとって、そういう言葉が「言ってはいけない、特別に重い言葉」ではなく、「身近で、ありふれた言葉」になってしまっていたのかもしれない。そう気づいたとき、胸が痛くなった。

娘に言って聞かせながら、私も涙があふれた。だって、悪いのは娘じゃない。

介護に心を持っていかれて——「ダブルケア」という言葉

私は、実家に心が近すぎて、気持ちを持っていかれてしまう。毎日、母のことで頭がいっぱいで、娘へのケアが後回しになっていた。距離を取れない自分も、よくないとわかっている。

あとから知ったのだが、子育てと介護を同時に抱える状態を「ダブルケア」と呼ぶそうだ。未就学から小学生の子を育てながら介護する人は全国に何十万人もいて、その多くが三十代から四十代の女性だという。

そして、こう書いてあった。ダブルケアでは、親が自分を後回しにしがちで、子どもも親のストレスを敏感に感じ取る、と。子どもへの影響は、けっして無視できない、と。読んで、ああ、これはうちのことだと思った。私一人の不注意ではなくて、そういう構造の中に、私たち親子はいたんだ。

それでも、娘たちを育てあげる

今日も母は、父に折られたと言って指の痛みを訴える。もちろん指は折れていない。執拗に父を責めている。明日はデイサービス。少しは父の心も休まるといい。

毎日、気持ちが母に引っ張られて、どうにもならない時もある。でも私には、育てあげなくてはいけない大事な娘たちがいる。

もし同じように、介護と子育ての両方に引き裂かれている人がいたら——一人で抱えないでほしい。介護は地域包括支援センター、子育ては子ども家庭支援センター。相談できる場所は、ちゃんとある。私も、そう自分に言い聞かせている。

歯をくいしばれ、自分。

あの日から、変えたこと

娘の一件のあと、変えたことがいくつかある。

まず、子どもに病気のことを言葉で説明するようにした。「おばあちゃんは病気で、怖い言葉が出てしまう。あれは、おばあちゃんの本当の気持ちじゃない」。隠すと、子どもは自分なりの解釈で抱え込む。言葉にして渡すと、同じ場面でも、子どもの中での意味が変わる。

それから、小学生のあいだは、学校の先生にも一言伝えておいた。詳しく話す必要はない。「家で介護をしていて、子どもが不安定になることがあるかもしれません」——それだけで、先生は見守る目を一つ持ってくれる。何かあってから説明するより、ずっといい。

そして、これがいちばん難しいのだけれど——介護の話を、家の中で「し続けない」こと。心配ごとは口に出したくなる。でも、親の電話の声も、ため息も、子どもは全部聞いている。私の場合、頭のぐるぐるは夜に紙へ書き出すことにして、家の中の「介護の音量」を少し下げるようにした(認知症介護で眠れない夜。「寝たら忘れる」が私の生存戦略)。

相談先は「介護の窓口」と「子育ての窓口」の両方にある

ダブルケアの厄介なところは、介護の相談窓口では子育ての話が本題にならず、子育ての窓口では介護の話が本題にならないことだ。だから、両方に足をかけていい

介護側は、地域包括支援センターとケアマネさん。子育て側は、子ども家庭支援センターと、学校のスクールカウンセラー。自治体によっては「ダブルケア」の名前がついた相談窓口を置いているところもあるそうだ。

そして、母の「殺す」「刺す」のような激しい言葉そのものについては、我慢するしかないものではなく、薬や関わり方で変わる可能性がある。うちがそこからどう変わったかは、別の記事に書いた(認知症の親の暴力・暴言への対応——原因と、介護者が抱え込まないための相談先【経験者】)。

あの小学生は、中学生になった

あの日、物騒な言葉を口にしてしまった娘は、中学生になった。

あの一件が娘に影を残したのではないかと、長いこと心配していた。でも今のところ、あのとき恐れたような影は見当たらない。友達がいて、部活があって、ふつうの毎日を送っている。子どもは、親が思うよりも回復する力があるのかもしれない

母も、薬の調整が効いて、あの頃のような激しい言葉はずいぶん減った。「殺す」「刺す」が日常だった時期は、うちの場合、ずっとは続かなかった。

実家に行く回数は、娘のコンディションで決める

抱え込まない仕組みを作っていく中で、もうひとつ考えるようになったことがある。孫と祖母の、距離感だ。

娘が実家に行くと、母は「おばあちゃんの顔」ではなくなることがある。急に「母親の顔」になって、何もしていない娘に小言を言う。何をしても文句を言う。

娘には、「わかった」「はい」、ときには「ごめんなさい」でいいよ、と話している。理不尽かもしれない。でも、あれは病気が言わせている小言で、正面から受け止めなくていい——そう伝えたうえで、娘のコンディションを見て、実家に頻繁に行かなくても良しとしている。

以前は「会わせなきゃ」と思っていた。父も、孫の顔を見たいだろうと。でも実際のところ、父も母も、自分たちのことで精一杯だ。たまに顔を見せるだけでも、ちゃんと意味がある。そう思えるようになって、私も娘も、少し楽になった。

それでも、介護と子育てに引き裂かれる感覚が消えたわけではない。今も歯を食いしばる日はある。ただ、あの頃と違うのは、ひとりで食いしばっていないことだ。デイサービスがあり、ケアマネさんがいて、家族で分担している。抱え込まない仕組みを作ることは、子どもを守ることと、同じことだった。

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