認知症の母がデイサービスに行くまで——泣いて、怒って、ピンポンが鳴った朝のこと

介護の知識

お医者さんに言われた言葉が、ずっと頭に残っている。

母がアルツハイマー型認知症と診断されたとき、先生はこう言った。「デイサービスを利用しましょう。もし嫌なら、何か新しい習い事でも。今までやったことのないことに挑戦してみてください。それが一番の薬です。」

でも、その言葉を実行に移すまでに、約2年かかった。

きっかけは、父のことだった。

母の介護を毎日支えているのは、同居している父だ。献身的で、文句も言わない。でも、私の目には、父が少しずつ削られていくように見えた。このままでは、父が壊れてしまう。そう思ったのが、介護認定を受けることを動かした一番の理由だった。

介護認定のプロセスの中で、ケアマネさんとサービスの計画を立てることになった。そこで自然と、デイサービスという選択肢が出てきた。

母は、猛反対した。

「家にいたい」「なんでそんなところに行かなきゃいけないの」。父も最初は「必要ない」という立場だった。

ところが、ケアマネさんとの面談の中で、思いがけないことが起きた。それまで絶対に嫌だと言い続けていた母が、ケアマネさんの前で急に機嫌よく、「行こうかな」と言い出したのだ。

そのときのケアマネさんの段取りの良さは、本当に素晴らしかった。「お母さんがその気になっているうちに進めましょう」と冗談ぽく言いながら、あっという間にいくつかのデイサービスの候補と空きを調べてくれた。そして翌日には、父と二人で見学に出かけた。

問題は、そこからだった。

認知症の母は、見学に行ったことも、「行こうかな」と言ったことも、片っ端から忘れてしまう。契約の話が進むにつれ、「父と私と弟が勝手に決めた」という構図になっていった。

母の怒りは激しかった。「あんた、知ってたの?」と私と弟に何度も電話をかけてきた。「今まで散々尽くしてきたのに、こんな仕打ちを受けるなんて情けない。一生許さない」。挙げ句の果てには、「施設に入れられる」という話にまでなっていた。

契約から初日までの1週間は、地獄だった。

前日の夜も、大騒ぎだった。

父がまた痩せたと感じるほど、消耗していた。「キャンセルする」と電話しようとする父を、なんとか止めた。

その夜、私は母に言った。「大丈夫だから。明日の気分で決めよう。」

当日の朝、心配で仕事に遅刻してでも実家に向かった。行くと、弟も来ていた。子どもたちが全員集合したのが嬉しかったのか、母の表情が少し和らいでいた。それでも「行かない」と言い張っていた。父は「キャンセルするよ?」と母に迫り、また騒ぎになった。私と弟で両親をなだめながら、ただお迎えの車が来るのを待った。

そのとき、ピンポンと鳴った。

母は、バッグを持って、何事もなかったかのように玄関へ向かった。スタッフの方に笑顔で挨拶をして、車に乗り込んだ。

私は実家の門の外に出て、車が見えなくなるまで手を振った。デイサービスはお迎えの車が来る。72歳の母が、近所の人の目に触れる形で送迎されることを、二人は気にしないだろうかと、少し心配していた。でも、両親はまったく気にしていない様子だった。もしかしたら、同じように気になっているご家族もいるかもしれない。でも、案外、当の本人たちは気にしていないことの方が多いのかもしれない。

帰ってきた母は、ご立腹だった。

「こんな遅くまで連れて行かれた」と怒っていた。楽しかった、とはならなかった。それが正直なところだ。

それから2年が経つ。今でも、行く前は毎回ごねる。それは変わっていない。でも、行けば「楽しかった」と言って帰ってくる。

父は、デイサービスの回数を増やすことをためらっている。毎回嫌がる母を見るのが、しんどいからだ。

そんな父に、私はこう言ってしまった。「お母さんが短い時間でもいない環境と、1日中いる環境。お母さんがごねることと天秤にかけても、デイサービスに行ってもらった方が、お父さんも少しはほっとできるんじゃない?」

父は、黙っていた。

嫌な言い方だったかもしれない。でも、介護をしている家族が少しでも休める時間は、絶対に必要だと私は思っている。母のためだけじゃなく、父のために。そして、介護を支える家族全員のために。

デイサービスに行かせて、よかった。今は、そう思っている。

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