「振り込んだのに、ありがとうが来ない」
母がそう言ったことがあった。
叔母にお金を振り込んだのに、叔母から「ありがとう」の連絡が来ない。母はそう言って、不満そうだった。
あの頃はまだ、母が自分で通帳を持っていた。
母は、お金を送る人だった
祖母は九州の田舎にいた。母は、滅多に帰らなかった。
自分が帰って大金を使うより、お金を送ってあげたほうがいい。母はそう思っていたのだと思う。
帰れない距離を、お金で埋める。それが母のやり方だった。
祖母の世話をしていたのは、叔母だった。病院に連れて行くのも、日々の困りごとも。だから母は「お世話になったから」と言って、叔母にもお金を送っていた。
祖母が亡くなってからも、お花代として、年に二回くらい送っていた。
母の中に、割り切れないものもあったかもしれない。それでも、送り続けていた。
何が事実で、何が事実でないか
何が事実で、何が事実でないか。それがあやふやなことが、だんだん増えていった。
「お金をおろしたけど、お金がない」と言う。郵便局に行って、記録を確認してもらう。
そして、通帳がなくなる。
「通帳もカードもない」と、一日に何回も言う
母は、一日に何回も「通帳もカードもない」と言って困っていた。毎日だ。
本当にないのか、どこかにあるのか、こちらには確かめようがない。確かめられないまま、母は困りつづける。
だから、一緒に郵便局へ行って再発行した。なくしたからではない。母が困るのを止めるために、作り直した。
再発行は、二度か三度あった。
持っていったのは、マイナンバーカードと印鑑。あの頃はまだ、母が窓口で自分の名前を書けた。
母は、「待った」が効かない
厄介なのは、母が待てないことだ。
「今度の土曜に行こうね」が成り立たない。言い出したその時に、動かないと収まらない。
こちらにも予定がある。母の「いま」に、私が合わせられないこともある。合わせるとなれば、やりかけていたことをやめて、駆けつけることになる。
だから私がすぐ行けないときは、父が連れていく。いつ行くかを、家族が選べない。
先に予定を伝えておくことが通じないのは、出かけるときも同じだった(認知症の親と出かけられない)。
はじめは、母がサインできた
最初のうちは、まだよかった。母が自分でサインできたからだ。
窓口で、母が自分の名前を書く。それで手続きは通る。
でも、だんだんサインができなくなった。
名前が、書けなくなった。
字を書くこと自体が、母にはもうできないことになっていた(お風呂で「できない」と呼ぶ母)。
「手を持って手伝う」で、通ることもあった
名前が書けない人の手続きは、どうなるのか。
手を持って手伝う。それが暗黙の了解で許されることもあった。
でも、毎回それをやるのは大変だ。通帳がなくなるたびに母を連れて窓口に行き、手を添えて、確認してもらう。
父が疲弊した。
二人で話し合って、父が預かった
通帳は、父が預かることになった。
取り上げたのではない。二人で話し合って決めたことだ。母も、そのときは納得していた。
今も、通帳は父が持っている。
でも、母は忘れる
母は、話し合ったことを忘れてしまう。
そして、あの頃は母の攻撃性がいちばん強い時期だった。
「通帳を取られた」
「なんで!」
怒りになる。
話し合って決めたことなのに、記憶のほうが先に消える。だから母の中では、ある日突然、通帳がなくなったことになる。
そのとき父は、正論を言っていた。もちろん、事実を。
でも、母の事実とは違う。母は忘れてしまうからだ。
正しいことを言うほど届かないことは、別の記事にも書いた(認知症の親に言ってはいけない言葉)。
叔母への振り込みは、父がした
ここで、冒頭の話に戻る。
母が「振り込んだのに、ありがとうが来ない」と言っていた、あのお金。
母は、振り込んでいなかった。
振り込んだのは、父だった。
だから、叔母からお礼の連絡が来るはずがなかった。母の中では振り込んだことになっていて、現実には振り込まれていなかった。
そして父が振り込んだことも、母はまたわからなくなる。それで揉めることも多かった。
揉めている現場に、私が居合わせたこともある。
母が振り込んだのか、振り込んでいないのか。どちらが本当なのかを確かめようとすると、父に怒られた。
理不尽だと思った。そういうことが、たくさんあった。
母は今も、自分で通帳を探す
母は今も、自分で通帳を探す。
探しまくって、引き出しも棚も、ぐちゃぐちゃになる。
でも、探しているうちに、何を探していたのかを忘れてしまう。
疲れだけが残る。
そして、その疲れは父のせいだということになる。
お風呂のときと同じだ。下着を取りに行って、持ってきたことを忘れて、また取りに行く。一日ぶん疲れて、何も終わっていない。
目的が抜けて、疲れだけが残る。
うちで何度も起きているのは、たぶんこれだ。
探すのを、止めない
止めても聞かない。だから基本は、放っておく。
ただ、触ってほしくないところまでひっくり返すので、それを見た父が怒る。
そこで私がやっているのは、止めることではなくて、話を変えることだ。
まったく違う話を、何度もする。気分が変わる日もあるし、変わらない日もある。
それから、こう言い続ける。
「そのうちに出てくるよ〜」
「お母さん疲れたでしょ」
すると母はこう言う。
「そうなのよ、疲れちゃった。お父さんが隠してしまったのね。私も隠すわ。お父さんの大事なものを!」
そして、そのうちに探すのをやめる。
正しさで止めるのではなく、疲れを認めて、終わるのを待つ。うまくいかない日もある。それでも、今のところこれがいちばん収まる。
不思議と、通帳は見つからない
それで、通帳はどうなったのか。
見つからない。
前に私が見つけた札束も、合鍵も、カードも、ピアスも、どこにもない。いったいどこへ行ったんだか。
母のクローゼットは私が管理しているつもりだけれど、それも不思議で、前回はどこにもなかった洋服が、どこかから出てくる。
実家は、そんなに広かったっけ。
隠し方に、意図を感じる。
調べてわかったこと——答え合わせ
通帳の再発行は、思っていたより軽い
ゆうちょ銀行の公式のよくある質問に、通帳・カード・お届け印がないときの手続きが書かれている。窓口に本人が行く場合に必要なものは、これだけだ。
印章(お届け印でなくても差し支えございません)
ご本人であることが確認できる証明書類(マイナンバーカード等)
(出典:ゆうちょ銀行「通帳、カード、お届け印がないのですが、どのように手続きすればよいですか」。所定の手数料がかかる)
お届け印でなくてもいい。 これは知らなかった。
うちが持っていったのはマイナンバーカードと印鑑で、結果として合っていた。でも「届出印が見つからないから手続きできない」と思い込んで動けない家は、たぶんある。
家族が本人を補佐することは、認められている
全国銀行協会は「障がいのある方への対応に関する基本方針」(平成28年3月8日制定・2024年4月1日最終改定)の中で、こう書いている。
障がいのある方ご本人からの意思の表明が困難な場合には、ご家族や介助者など、コミュニケーションを支援する方が本人を補佐して上記の意思の表明を行うことも可能です。
「代筆」という言葉は出てこない。それでも、家族が本人を補佐して意思を伝えることは、方針として認められている。
窓口の人が手を添えてくれたのは、好意だけではなかったのだと思う。
家族だけで抱えなくていい制度がある
もうひとつ、知らなかった制度がある。日常生活自立支援事業だ。
社会福祉協議会がやっていて、認知症高齢者・知的障害のある方・精神障害のある方が対象になる。「日常的金銭管理サービス」の中身は、こうだ。
- 年金および福祉手当の受領に必要な手続き
- 医療費、税金、社会保険料、公共料金等を支払う手続き
- 支払いにともなう預金の払戻、預金の解約、預金の預け入れの手続き
(出典:愛知県社会福祉協議会「日常生活自立支援事業」。実施主体は市町村の社会福祉協議会で、利用料は1回1,000円〜1,200円程度。金額や細かい条件は自治体によって違う)
つまり、父が全部背負う以外の道も、制度としてはあった。
うちはこれを使っていない。成年後見制度は調べて、やめた(成年後見制度を調べて、やめた理由)。口座が凍結される前の備えや、銀行の代理人カードについては別に書いた(認知症で親の口座が凍結される前に)。
知らずに「家族でなんとかする」を選んでいた、ということだ。
「意図を感じる」の答えは、見つけられなかった
最後に、正直に書いておく。
母の隠し方に意図を感じる、という感覚について、はっきり説明している資料は見つけられなかった。
物がなくなることそのものについては、置き忘れ・しまい忘れが増えて、それが「誰かが盗った」という解釈につながる、という説明がある(認知症の親がお金を隠すに書いた)。
でも、「なぜこんなに見つからないのか」の答えにはなっていない。
隠すときには、本人なりの理由がある。守ろうとしている。でも、どこに隠したかは残らない。だから誰にも見つけられない。——そう考えると筋は通るけれど、これは私がそう思っているだけだ。
わからないことは、わからないままにしておく。
家計の財布は、母が自由に使える
母専用のお金は、今はない。でも家計のお財布があって、それは母が自由に使える。
取り上げてはいない。
ただ、最近はあまり触っていない。
通帳はぐちゃぐちゃになるまで探すのに、自由に使える財布のほうには、あまり手が伸びない。
正しい手順を踏んでも、納得は残らなかった。そして納得がないまま、母のほうが先に、お金から離れていく。
それが、うちで起きたことだ。

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