夜の8時半。近所の道で、母に会いました。
ボタンは1つだけ留まっていて、格好はどこか変でした。手には、小さな袋バッグが3つ。あとから思えば、あれは母なりの「家出セット」でした——私には、ひと目でそれと分かりました。
母は、怖い顔で、ちょっとぼんやりしていました。どこへ「帰ろう」としていたんだろう——。
「意味のない行動」に見えて、本人には理由がある
認知症の人が夜に家を出て行く。外から見ると「意味不明な行動」に見えます。私も最初はそうでした。
でも、調べて、そして母を見ていて分かったのは——本人の中には、ちゃんと理由があるということでした。理由が分かると、こちらの受け止め方も、対応も変わります。
※この記事では「ひとり歩き」という言葉で書きます。外から見れば当てもなく歩いているようでも、本人には本人の理由がある——母を見ていて、そう感じるからです。
夜のひとり歩きが起こる、5つの理由
理由1:体内時計の乱れ——昼と夜の区別が、体でつかなくなる
脳には「体内時計の司令塔」と呼ばれる部分があります。認知症になると、ここの働きが弱くなって、昼と夜の区別が体でつきにくくなるそうです(参考:朝日生命「認知症による昼夜逆転」)。
本人にとっては、夜中でも「朝が来た」と感じることがある。だから着替えて、出かけようとする。時計が読めなくなったのではなくて、体の中の時計そのものがずれてしまうのです。
理由2:夕暮れどきの不安——夕方に症状が強まる「夕暮れ症候群」
夕方から夜にかけて、不安やイライラが強くなることがあります。「夕暮れ症候群」と呼ばれるものです。
わが家でも、母の怒りの爆発は16時半から17時台に集中していました(そのときの記録は「認知症の母が急に怒る——わが家で見つけた3つの引き金」に書きました)。日が暮れていく時間帯は、認知症の人にとって「そわそわする時間」なのだと思います。夜のひとり歩きは、この夕方の不安の続きで起こることが多いそうです。
理由3:本人には目的がある——「帰らなきゃ」「仕事に行かなきゃ」
本人は「なんとなく」歩いているのではなくて、「家に帰らなきゃ」「仕事に行かなきゃ」「あの人に会いに行かなきゃ」——そんな目的を持って歩いていることが多いそうです。
ここで切ないのは、帰りたい「家」が今の家ではないこと。昔住んでいた家や、子どものころの実家であることが多いのです。母の「九州に帰りたい」も、これでした。家にいるのに「家に帰る」と言う——認知症の介護でよく聞く話ですが、本人の中では嘘でもなんでもないんですよね。
理由4:心細さ——探しているのは場所じゃなくて「安心」
また別の夜、母が「お母さんのところに、帰りたい」と言ったことがあります。母のお母さん——私の祖母は、もうずっと前に亡くなっています。
探しているのは、場所そのものじゃなくて、「安心できたころ」なのかもしれません。そう思ったら、母の「帰りたい」が、少し違って聞こえるようになりました。
理由5:体の不快感——トイレ・暑さ・痛み・昼寝のしすぎ
意外と多いのがこれだそうです。トイレに行きたい、暑い、どこかが痛い、昼寝をしすぎて眠くない——でも、それを言葉でうまく伝えられない。だから立ち上がって、歩き出す。
夜に落ち着かない様子のときは、「不安」の前に「体の不快」を疑ってみる価値があります。
わが家の対策——「閉じ込める」ではなく「夕方からの不安を減らす」
鍵を増やすことも考えました。でもわが家は先に、「出て行きたくなる気持ちそのものを減らす」ほうから始めました。やっているのはこの4つです。
- 夕方は、そばで話す——16時半からの「そわそわタイム」に、なるべく一人にしない。お茶を飲むだけでもいい
- 明かりを早めにつける——薄暗くなっていく部屋は不安のもと。日が沈む前に、家の中を明るくしておく
- 日中に体を動かす——昼間の散歩や買い物。昼寝が減ると、夜にまとまって眠れるようになる
- ミニアルバムをそばに——「お母さん」が恋しい夜は、一緒に昔の写真を見る。「帰る」代わりに「思い出す」で落ち着くことがある
それから、「出かけたい気持ち」自体は悪いものではないので、日中に一緒に出かける工夫もしています(わが家の「先回り段取り」5か条はこちら)。昼にちゃんと出かけられた日は、夜が穏やかなことが多い気がします。
それでも出て行ってしまう日のために——「備え」もセットで
どんなに工夫しても、ゼロにはできません。だからわが家は「減らす工夫」と「備え」をセットにしています。
- 服やかばんに、名前と連絡先を書いたものを入れておく
- 近所の方に「見かけたら教えてください」とひと言伝えておく
- 見守りGPSを持たせる(選び方とわが家の口コミはこちら)
- 万一見つからないときは、ためらわず110番。認知症の行方不明は警察が動いてくれます
よくある質問
Q. 夜に出て行こうとするのを、鍵をかけて止めてもいい?
A. 安全のための鍵は、責められることではありません。ただ「閉じ込められた」という感覚は、不安と怒りを強めることがあります。わが家は「不安を減らす工夫+外の備え」を先にして、鍵は最後の手段にしています。
Q. 夜中に「家に帰る」と言われたら、なんて答えればいい?
A. 「ここが家でしょ」と正すと、かえって興奮してしまうことが多いです。「今日はもう遅いから、泊まっていこう」「お茶を飲んでからにしよう」——いったん受け止めて、時間を味方につける言い方が、わが家では効きました。
Q. 病院に相談したほうがいい?
A. 睡眠のリズムや不安の強さは、薬の調整で楽になることがあります。かかりつけ医や認知症の主治医に「夜に出て行こうとすることがある」と具体的に伝えてみてください。わが家も受診のたびに、家での様子をメモにして持って行っています。
おわりに——今夜も、明かりを早めにつける
夜道で会った母は、怖い顔をしていました。でも思い出すたびに、あの顔の奥にあったのは不安だったんだろうな、と今は思います。
理由が分かっても、夜のひとり歩きが完全になくなるわけではありません。でも「なんで出て行くの!」が「そうか、心細いのか」に変わるだけで、こちらの疲れ方がずいぶん違います。
閉じ込めるのではなく、不安を減らす。今夜もわが家は、日が沈む前に明かりをつけて、母とお茶を飲みます。

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