実家に行くと、母がいなかった。
母がいない
玄関を入った瞬間の、家の静けさでなんとなくわかる。父の様子を見て、確信に変わる。機嫌を悪くして、一人で出ていったらしい。
母はまだ、近所の散歩なら一人で行ける。たぶん、迷ったとしても帰ってこられる。頭では、そう思っている。
「まだ大丈夫」と「もしも」のあいだ
でも、「たぶん大丈夫」のまま座って待てるかというと、待てない。今日は大丈夫でも、明日も大丈夫かはわからないのが、この病気だから。「まだ大丈夫」と「もしも」のあいだで、家族はいつも宙ぶらりんになる。
いつか来るその時が、今日かもしれない。そう思うと、疲れていた体だったけど、母をさがさずにはいられなかった。
GPSを見て、探しに出た
うちは母にGPSを持たせている。画面の中の小さな点を確認して、私は探しに出た。
歩きながら考える。見つけたら、なんて声をかけよう。怒らせないように、偶然会ったふりをしようか。
30分ほど歩いたところで、父から連絡が来た。「帰ってきたよ」。
テレビの音と、笑い声
実家に戻ると、テレビの音がした。バラエティ番組と、母の笑い声。
機嫌は、治ったのかな。
私の姿を見て、母が言った。「どうしたの?」。あなたを探しに行っていたんだよ、とは言わない。母は子どもたちのことを聞いてきた。家で待ってるよと伝えると、「早く帰りなさい」と言って、子どもたちにアイス代をくれた。
服は裏返しなのに、なぜ帰り道はわかるのか
家に帰ってから、ずっと不思議だったことを調べてみた。
母は、洋服を裏返しに着てくることがある。ブラジャーが前後反対のこともある。言っていることが無茶苦茶な日もある。それなのに、一人で外を歩いて、ちゃんと帰ってこられる。あれはいったい、なんなんだろう。
調べてわかったのは、脳の機能は一枚岩ではなくて、別々の能力が別々のスピードで衰えていく、ということだった。
着替えがうまくいかなくなるのは「実行機能」——手順どおりに物事を進める力——の衰えで、これは比較的早い段階から出やすいらしい。一方で「自分がどこにいるか」をつかむ力(場所の見当識)が崩れるのは、もう少し進んでから。しかも初期のうちは、方向感覚が怪しくなっても、見慣れた景色を手がかりに道順をたどれるのだそうだ。
だから「服は裏返しなのに、帰り道はわかる」は、矛盾でもなんでもなかった。この病気の、ごく普通の進み方だった。
ただ、調べていてひやりとしたことがある。景色を頼りに帰れるということは、暗くなって景色が見えなくなれば、迷いやすくなるということ。そして進行すれば、毎日通った道でも、ある日わからなくなる。
思い当たることがあった。
一年ほど前、母から電話が来たことがある。「あんたの家がわからない。自分がどこにいるかわからない」。うちにお米を届けようとしてくれていた。ああ、その時が来たのだ——と胸が痛くなった。でもその後、同じことは起きなくて、私はあの夜のことを、気にしないようにしていた。
今ならわかる。あれは、夜だったからだ。
昼間の散歩では迷わない母が、あの夜だけ迷った。景色という手がかりが、暗闇に消えていたから。一年経って、やっと、あの電話の意味がわかった。
「今は帰ってこられる」は、「これからも帰ってこられる」ではない。
なんとも言えない気持ちのまま
機嫌を悪くして出ていったことも、私が探し歩いたことも、母の中にはもう残っていないのかもしれない。なんとも言えない気持ちになる。
でも、孫のアイス代を持たせてくれる母は、母のままだった。今日のところは、それでいいことにする。
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